11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち : 夢の国・亞洲文化宮

スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち

20120621



2012年/日本/1時間49分(劇場にて鑑賞)
監 督  若松孝二
出 演  井浦 新  満島真之介  寺島しのぶ
     渋川清彦  大西信満  小倉一郎

<感想など>
今回はあらすじを省略。タイトルがそのまま言いあらわしていると思うので。
さて、あさま山荘事件もそうだったが、この事件もまた、当時通っていた小学校で知った。ニュースを聞きつけた担任の先生が教室のテレビをつけ、その時間の授業は即「社会科」に変更。ただ報道を見るだけで、先生からの詳細な解説があったかどうかは覚えていない。でも「三島由紀夫」の名だけは記憶に深く刻み込まれた。

映画解説本(パンフレットに相当)の年表をたどってみた。日本が高度経済成長の階段を駆け上がっていく中、反社会的と言われる事件が多発しているのが見てとれる。当時は、社会経済文化は限りなく発展していくものだと思っていた。政治に対する強硬な反発もあって当然、という感覚だった。振り返れば停滞を知らない世の中だったと思う。思想云々よりも、今は、当時を切り取って表現する意味の方を考えてみたい。

でも結局、映画を観ても、解説本を読んでも、作家三島由紀夫が自決に到った経緯はよく理解できなかった。満島真之介演じる森田が「先生の作品を読んでもほとんどわからない」と告白する場面があるが、その心境の一部はなんとなくわかる。人口に膾炙した作品と、氏の思想背景が結びつかないのだ。

それでも集中力が途切れることなくのめり込んだのは、登場人物のような一直線的な言行が、新鮮に映るからかもしれない。今の世の中、人間をある一定の方向に靡かせる行為が否定的な見方をされる一方で、時にそうした力が求められる場合もあると思う。作品では、監督のカリスマ性によって引き出された生身の人間が、思いのたけをぶつけている。極限まで突っ走ったあとの快感のようなものが、作品には満ちあふれている。この映画制作集団こそ、限界を突き抜けようとする人々の集まりといえるのではないだろうか。

追い込まれた人間を見るのは怖いものだ。いつもぬるま湯につかりきっている身としては、観終わると脱力状態で、足元がふらついた。でも年に一度はこういう経験もいいかもしれない。

コメント

非公開コメント
プロフィール

孔雀の森

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
最新の記事
リンク
ブログ内検索

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。