ツリーハウス : 夢の国・亞洲文化宮

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ツリーハウス

20120511



著 者: 角田光代
出版社: 文藝春秋
刊行年: 2010年10月
  
<内容・あらすじ>
中華料理店「翡翠飯店」の家族三代の姿を追った物語。
「翡翠飯店」の創業者藤代泰造が亡くなった後、妻ヤエ、息子の太一郎、そして太一郎の甥良嗣の三人は旅に出る。行先は中国の東北地方。ヤエが亡き夫と出会った所だ。彼女は帰国直前、予定を延長して当時の恩人を探したいと言いだす。太一郎は知り合ったばかりの中国の青年に通訳を頼み、良嗣と共にヤエに付き添う。

<感想など>
物語は、現在と過去を交互に映し出しながら進行する。藤代家のそれぞれが、歴史的事件や文化と深く関わり、一家の変遷はまるで未来へと続く一本の川のよう。時には波濤が立ち、時にはその波が逆巻き、時には淀んで動かなかったりする。その一本の流れの中で、始まりと終わりはふいに出現する。こんなふうに、出会いと別れはほんの一瞬…と思えるのは、その点をつなぐ線があまりにも長く複雑だからだろうか。

藤代家の三代は、私が育った家族のちょうど中間の年代である。つまり泰造・ヤエ夫妻、その子どもたち、孫たちの間に、両親、自分の世代が入っていることになる。見聞しているような、していないような曖昧な感覚になるのは、そんな年代的なずれがあるからかもしれない。

藤代家の子供たちが思春期の60年代後半は、私にとっては遊んでいた原っぱに次々と団地が建っていった時代。このまま工事が永遠に続くのではないかと思うくらいで、社会の激動など全く知らないで過ごしていた。70年代後半、思春期真っただ中の私たちは「シラケ世代」とも言われ、自分のことさえ考えていればいいような風潮があった気がする。一昔前の同世代が考えていた「社会の変革」など、思い描いたこともない。こんなふうに、読みながら昔の自分を思い出しつつ、いつしか翡翠食堂の一角でご飯を食べているような気分になった。私にとっては、新たな経験と思えるようなことばかりだ。

藤代家はかなり特殊に見えた。育った団地では核家族のサラリーマン家庭が圧倒的に多く、三世代同居の家庭は少なかった。私自身核家族の中にいて、そのせいにしてはいけないのだろうが、年の離れた人との接し方で戸惑うことが多い。そんな私に比べ、主人公良嗣の祖母への声掛けはごく自然で、旅行中も思いやりにあふれている。自分のことより祖母を気にかける彼は、私などよりずっと人との接し方を知っていると思う。

旅も終わりに近づいたとき、ヤエは中国の人に、太一郎をさして「もうじいさんだけれども、置いていきますから」と言う。太一郎もまた親に苦労をかけ続けている一人で、その子どもがもう「じいさん」と呼ばれる年齢であることに、あらためて衝撃を受けた。どの世代の子供も、親にとっては永遠に心配の種なのだと思う。

思い返せば、「川」の源流には占い師の予言があった。その言葉が現実となった時、これからの流れも、予言通りになるのかもしれないという不思議な気持ちになった。死生や転機、悲喜こもごもは、あらかじめ定められたものではないかと。

帯にも書いてあるように、「もし…」なんてないのですね。

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