佐藤泰志『海炭市叙景』 : 夢の国・亞洲文化宮

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佐藤泰志『海炭市叙景』

20110114

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著 者:佐藤泰志
出版社: 集英社
刊 行: 1991年12月

<内容・あらすじ> 
第一章と第二章それぞれ9編ずつ、合計18編から成る小説集。舞台はいずれも海炭市(函館がモデル)とその周辺である。各章のタイトルと簡単なあらすじは下記の通り。

第一章 物語のはじまった崖

1 まだ若い廃墟
兄と初日の出を拝んだ帰り、私はロープ―ウェイで下山したが、歩いて降りると言った兄はいつまでたっても姿を現さなかった。
2 青い空の下の海
彼は彼女との結婚を両親に報告するため帰郷。今連絡船で首都に戻ろうとしていた。
3 この海岸に
満夫は妻子とともに、首都から故郷の海炭市に越してきた。ところが引っ越し初日、家財道具が入ったコンテナはなかなか到着しない。
4 裂けた爪
ガス店を経営する晴夫は、後妻勝子の息子アキラに対する虐待に気づいていた。アキラをプールに連れて行こうと思った水曜日、彼はガスボンベを足に落としてしまう。
5 一滴のあこがれ
淳はこの町に引っ越してきたばかりの中学二年生。今日は学校を休んでデパートに趣味の切手を買いに行くことにした。
6 夜の中の夜
パチンコ店勤務の幸郎はマネージャーから、寮で同室の忍に<隠し事>がないか尋ねてほしいと頼まれる。その日は彼が久しぶりに妻子のもとへ帰る日だった。
7 週末
路面電車の運転手達一郎にとって、今日は特別な日である。娘敏子が出産を控えているからだ。
8 裸足
博がスナックを出ようとしていたとき、背広の男、続いてアノラックを着た男が入店。店じまいだと言うママに後者の男は絡み、背広の男に連れ出される。
9 ここにある半島
悦子は墓地の管理事務所に勤めている。彼女はここのマネージャーと不倫関係にあるがそろそろ終わりにしようと考えている。

第二章 物語は何も語らず

1 まっとうな男
寛二は職業訓練校の寮から自宅に戻る途中、警官に飲酒運転をとがめられているうちに完全にキレてしまう。
2 大事なこと
忠夫の趣味は草野球。同じ市からプロ入りした<彼>をいつも応援している。彼は朝野球での海炭市優勝を目指していた。
3 ネコを抱いた婆さん
トキは市役所から再三立ち退きを迫られているが断固として受け入れようとしない。彼女が飼っている豚には、亡き夫との思い出が詰まっていた。
4 夢みる力
広一は競馬で多額の借金を抱えていた。家には妻子もいる。負け続けて迷った挙句、最後の5千円を賭けた。
5 昂った夜
信子は空港のレストランで働いている。彼や仲間との集まりを控えソワソワしているとき、ロビーから争う声が聞こえてきた。
6 黒い森
プラネタリウム勤務の隆三は、スナック勤めの妻春代の不義を疑っていた。高校生の息子ともぎくしゃくしている。ある晩隆三は、虫捕りの思い出がある森へ行こうと思い立つ。
7 衛生的生活
啓介は職業安定所に勤務している。土曜日の昼過ぎ、彼は歯痛を抱えながら明日展覧会に行くことを考えていた。
8 この日曜日
日曜日、恵子は夫の誠をドライブに誘い出す。<あるもの>を見つけるためだ。
9 しずかな若者
龍一は首都からこの別荘地にやってきた。ここで過ごすのも今年が最後だ。彼は知り合ったばかりの女性と一夜を過ごす。

<感想など>
映画にはたまらなく暗い気持ちにさせられたが、原作の読後は違った。いずれの物語も結論に達していないからか。

例えば、最初の物語で亡くなった兄については、事故なのか自殺なのかが、後の物語の人物たちによって推量される。重い話なのに噂話として聞くとあまりにも軽い。映画よりも、自殺の可能性が低く感じられるのも一因かもしれない。

また、第二章4の競馬にのめりこんでいる男が、最後に賭けた結果もわからない。おそらくまただめなのだろうが、「どうにかなるさ」という雰囲気が漂い、悲壮感は微塵もない。

こんなふうに、どの話も今現在の状況や心境をつぶさに描くことに徹し、後は読者任せだ。物語としての盛り上がりもなく、だからどうなの?と訊きたくなる話ばかりだが、なぜか目を凝らしてみてしまう。すると、心のありようにも、行動パターンにも、既視感をおぼえるのだ。第一章4『裂けた爪』は特殊性を感じる一方、「こんな時に限って…」という苦々しい気持ちが痛みよりも強く伝わってきて共感してしまう。
第二章の2『大事なこと』は、他人にはどうでもいいことだ。でも面白い。好きな野球選手をめぐって熱くなる彼の姿が子供っぽい。こんなふうに草野球に燃えている彼も、近々父親になるのだ。これも映像化してもらいたかった。

映画で不明瞭だった部分が、原作でよくわかったケースがある。
兄妹の物語を観たとき、最初二人を夫婦と勘違いした。二人並んだ距離感、食事を用意するときの妹の仕草、妹の兄に注ぐ視線からそう感じたのだった。原作では、夫婦と間違えられ密かに喜ぶ妹の姿が描かれている。彼女にとってはたった一人の、かけがえのない肉親。兄さえそばにいれば幸せ、という雰囲気が伝わってくる。映画では、谷村美月が原作の妹の気持ちを丁寧に汲んで演じていたのだと思った。

第一章の8『裸足』でアノラックを着た男の背景を知り、映画で理解に苦しんだ彼の行動が、今になってよくわかった。舞台が、表向きはスナック経営、裏で売春斡旋をしている店であること、主人公博が複雑な生い立ちであることが、ドラマに奥行きを与えている。時代や土地柄を説明してもらって初めて理解できる話である。博がアノラックの男をタクシーで送ろうとする場面では、彼が男の気持ちに沿っている様子が伝わってくる。

俳優の顔を思い浮かべながら読んだ話もある。
第一章6『夜の中の夜』。映像化されていない話だ。シチュエーションは違うが「幸せの黄色いハンカチ」を思い出し、主人公には高倉健さん以外考えられなくなった。彼の偽名が「幸郎」、というのも理由かもしれない。服役後、人の入れ替わりの激しいパチンコ屋で激務を続ける渋い中年男は、上司からの信頼が厚く、息子ほどの青年からも慕われる、結局どうなったのだろう。一番知りたいことが想像に任されている。

どの物語も「東京」を強く意識している。しかしその地は「首都」という言葉に置き換えられている。現実的な情景が「首都」の一語でやや非現実的な方を向いてしまう。不思議な感覚だ。

1988年から1990年にかけて文学雑誌に掲載された作品を1冊の本にまとめたとのこと。この後も海炭市を舞台とした物語の構想はあったそうだが、残念ながら途中で作者は故人となってしまった。この一冊がまだ季節の半ばという気もするし、一話完結の物語の積み重ねとも思える。
作者が今も健在なら、どんな話が生まれていただろうか。

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