桐島、部活やめるってよ : 夢の国・亞洲文化宮

スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

桐島、部活やめるってよ

20100718

kirisima.jpg




著 者: 朝井リョウ

出版社: 集英社

刊 行: 2010年2月









今まで読んだり観たりした高校生主体の物語は、ほとんどが青春のエネルギー爆発!といった感じで、爽やかな後味だった。だからこそ気分転換にもなるのだが、今回はそうはいかなかった。わざわざ本にしなくたっていいじゃん!、ブログやツイッターで呟いていればいいことじゃん、と言いたくなるようなハナシだった。彼らの目を通した高校生活には、自分の子たちが見え隠れして痛い。この現実に向き合えと言われているようで終始落ち着かないのだ。

正確には『桐島、部活やめたんだって』だ。
語り手は、菊池宏樹、小泉風助、沢島亜矢、前田涼也、宮部実果の5人。タイトルの桐島クンは最後まで登場しない。ならばなぜこのタイトルなのか。彼はバレー部キャプテンで、簡単にハイ、やめます、ではすまされない立場だ。桐島を知っている者はもちろん、知らない者にとっても、彼の退部にはニュース性があるのだろう。彼らの間で語られる桐島の話題は、ハナシのつなぎ的役割になっている気がした。

自分の高校時代にこんな閉塞感があっただろうか。
目立つ人、大人しい人、かっこいい人、ダサい人、運動部員、文化部員、といったカテゴリーに区分され、ランク付けされる世界。目立つ人が上で、目立たない人が下。かっこいい人が上で、ダサい人が下。一体なんなのだ、この階層社会は?誰がそんなランクをつけているのか。それは彼ら自身だ。目立つ人は常にそのテンションを保つ。体育があまり得意でない人は、体育の時間は人に迷惑をかけないようにする。各自立場を<わきまえて>、同じ<ランク>の人と一緒に行動することで自己防衛し、1時間目から6時間目、あるいは7時間目までを共に過ごす。彼らは一体いつまで、自らが決めた範疇にとどまっているのだろう。

カッコイイといわれる目立つグループの対極として、映画部の2人が描かれる。彼らはランクを意識しながらも、好きなこと―映画制作や映画鑑賞―に夢中になっている。運動部員たちとは性質の違う<夢中>だ。最初の章で薄っぺらな言葉を吐いていた菊池宏樹が、最終章で再登場、ランク付けの無意味さを意識し始める。彼はカッコイイと言われる立場だが、映画部の2人が無性に羨ましくなる。夢中になれることがある…なんて素晴らしいことなのだろう、と。

人をあからさまにからかったり、ランクづけしたりする背景には、自信のなさとか、好きなことが見つからないといった焦燥感がうかがわれる。

著者は登場人物の中の、どの立場なのだろう。おっと、こんなことを考える自分にも、人を何かに当てはめようとする意識があるのかもしれない。子どもたちはそんな親を意識しながら生きていると言えようか。

コメント

非公開コメント
プロフィール

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
最新の記事
リンク
ブログ内検索

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。