The Harimaya Bridge はりまや橋 : 夢の国・亞洲文化宮

スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

The Harimaya Bridge はりまや橋

20100702

harimayabasi.jpg

2009年/日本・アメリカ・韓国/2時間(レンタルDVD)
監 督  アーロン・ウールフォーク
英 題  THE HARIMAYA BRIDGE
出 演  ベン・ギロリ  高岡早紀  清水美沙   misono
     穂のか  ヴィクター・グランド  白石美帆  
     山崎 一  柏木由紀子  ダニー・グローヴァー
     
<あらすじ>
サンフランシスコに住むダニエル(ベン・ギロリ)は、亡き息子ミッキー(ヴィクター・グランド)が描いた絵を取り戻すため、日本の高知県を訪れる。教育委員会の職員たち(清水美沙、山崎一、misono)は、ダニエルのために車での送迎、住居の手配など、細々とした気遣いをするが、彼の日本に対する不信感はなかなかぬぐえない。やがて彼は、ミッキーが教えた中学生エミ(穂のか)を通して、孫の存在をほのめかされる。ミッキーと神前結婚式を挙げたノリコ(高岡早紀)が、一人で子どもを育てているかもしれないという。ダニエルはノリコが住む山村に向かう。

<感想など>
ダニエルのレンズを通した風景が変化していく。最初は人々の表情が硬かったり、街のたたずまいが沈んでいたりと、重苦しい雰囲気が漂っている。無理もない。あんなに威圧的な人に対しては誰だって笑顔にはなれないし、不安感は街の空気にも反映するだろう。やがて、ダニエルの心の変化に沿うように、周囲を彩る色、音、空気の流れが、少しずつ明るくなっていく。

通訳の原(清水美沙)はダニエルの態度に閉口しながらも奮闘する。一方、中山(misono)は得意の歌で、ダニエルとの壁を崩していく。原先生のぎこちなさと、中山のあっけらかんとした姿は対照的だが、懸命に尽くそうとする心は同じだ。そんな努力を踏みにじるダニエルには、観ているこちらも眉をひそめたくなる。

ダニエルの父は戦時中日本人に殺された。ダニエルの反対を押し切って日本へ行った息子は、その地で事故死した。息子と和解する機会は永遠に失われたことになる。彼にとって日本は嫌悪の対象でしかない。息子の絵を取り返したらすぐに帰国しよう。そんな鎧をまとったようなダニエルが変わるきっかけは、原との会話だと思う。戦没した叔父の墓の前で手を合わせる彼女は、敵対心を露わにするダニエルに対し、自分自身の差別の記憶を語る。肌の色の違いで差別を受けてきた彼には、原の話がすぐにはわからない。それでもこれは彼にとっての異文化理解への一歩になったのではないだろうか。こうした一部始終を見ると、本来この二人が主役ではないかと思うのだ。

回想シーンからは、ミッキーが高知の山村に溶け込んでいた様子がよくわかる。息子の足跡をたどっていた父は、息子が土地の人々に慕われていたこと、魅力的な絵を遺したこと、息子が日本を愛したことを、体で理解していく。そんな中突如孫が出現。頑なな心は一気に氷解し、彼の意識は急速に孫に傾いていく。物語の中心は、娘を一人で育てることに不安を抱くノリコと、そんな彼女を見守るダニエルに移る。同時にミッキーや彼の絵の存在感が薄らいでしまった気がした。ダニエルが亡きミッキーを通じて徐々に理解を深めることこそ主題であるはず。その過程をもっとゆっくり見たかった。

ガラス窓にゆらめく風景、鮮やかな緑色の段々畑、渋い色の瓦屋根・・・。視覚を横切る景色が心に響く。はりまや橋をめぐる話は説明的な感をぬぐえないが、その語りは耳に残る。余韻もいい。そして思いがけない大団円。

孫の存在をどうのこうの言う一方で、本音ではこういう展開を期待していた私である。

コメント

非公開コメント
プロフィール

孔雀の森

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
最新の記事
リンク
ブログ内検索

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。