深夜特急3 -インド・ネパール- : 夢の国・亞洲文化宮

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深夜特急3 -インド・ネパール-

20100603

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著 者: 沢木 耕太郎

出版社: 新潮社(文庫)

刊 行: 1994年

(1986年『深夜特急 第2便』
前半部分より)







<内 容>
第7章  神の子らの家  インドⅠ
第8章  雨が私を眠らせる  カトマンズからの手紙
第9章  死の匂い  インドⅡ
〔対談〕十年の後に  此経敬助 沢木耕太郎

<感想など>
7、9章がインドで受けたショックをぶつけた文章であるのに対し、
8章は丁寧な言葉遣いの手紙文だ。
誰にあてて書いたのだろう。
草野球で出会った日本人の、一人のネパール人女性に傾ける強い恋心。
アヘン吸引でフランス青年が死去した報せに、動揺する人々。
ヒッピーたちの、バカ騒ぎしている様子と、憂鬱そうな表情。
雨降りが著者をホームシックに駆りたてているのだろうか。
手紙の相手は、旅立つ前に日本で別れた恋人か?などと想像したくなる。
(そういうことはこれまでの巻のどこにも書かれていないけれど)
この一章には、緩衝材的役割を感じた。
二つのインド編の間にはどうしてもワンクッション必要なのだと思う。
それほどまでに、インド滞在を著した両章は、衝撃的な内容だった。

7章の舞台はカルカッタ。まず通りすがりの日本人3人で行動を共にする。
ベンガル語が堪能な青年の案内で、あどけない少女が客を取るような場所を
目にする。
それ以降、次々とショッキングな場面に遭遇。
現実を知ろうと目を皿のようにして歩む著者が、病にとりつかれた人に
見えてくる。
貧しい人々と牛とが共存している道路、車内の網棚に寝転ぶ人々。
彼らと同じような行動をとる著者は、ほとんど本能のおもむくまま、
といった感じだ。
そして、ブッダガヤ、ガヤへ。
此経敬助氏や大学生たちと、恵まれない子供たちと生活を共にする。
人生観の転換を迫られるような体験・・・と思っていると、更に過酷な真実を
突きつけられる。
9章の舞台、聖地と言われるベナレスでは、日々死の風景を眺めている。
その描写から状況がなかなか把握できないのは、自分が死と向き合う経験を
していないからだろう。というより、進んでその状況を見ようとする意識が、
自分にはない。
著者は、心身ともに極限まで使って動いているように見える。
文体は飄々としているが、実際の旅行はそんなに軽いものではないはずだ。
まるで限界まで走るアスリートのようだ。

読んでいるうちに、自分の体験が頭をよぎる。
旅行にはそれぞれのスタイルがあって比べようもないのだが、それでも
著者の行動と比較して私なんかまだまだ、と思ってしまう。
冒険者気取りだった昔の自分が無性に恥ずかしくなる。
著者が両替で粘った場面では、ああ、私も!とあの頃がよみがえる。
騙されないようにと、いつも身構えている自分、妥協はするまいと、
気を張っている自分が、そこにはいた。

著者が体調を崩し、のたうちまわるほど苦しんでいる場面では、
熱にうなされた日々を思い出した。
極寒の北京。意識が朦朧とする中、輪タクや路線バスを乗り継いだ。
なぜあの時タクシーを使わなかったのだろう。
いざというときのために節約する気持ちがいつもあったが、あのときは
まさにいざというときだったではないか。今になって笑ってしまう。
春節の昆明で風邪を引き、1週間寝込んだことがある。
高熱のせいか、天井がゆらめいて枕元に落ちてくる錯覚にとらわれた。
心細くて、もう死ぬんじゃないか、と思った。
本書を読んだ後なら、こんなのビョーキのうちには入らないとカツを入れ、
シャキーンとしたかもしれない。

ハナシが大きくそれてしまった。
深夜特急の車窓には、時折昔の自分が映し出される。
すると、ついその顔に見入ってしまうのである。

さあ、次は憧れのシルクロード!!

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