安陽の赤ちゃん : 夢の国・亞洲文化宮

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安陽の赤ちゃん

20100518

anyang2.jpg
 2001年/中国/1時間22分
 (アジア映画祭りにて鑑賞)
 
 監 督  王 超(ワン・チャオ)

 原 題  安陽嬰児

 英 題  The Orphan of Anyang

 出 演  孫桂林  祝 捷  岳森誼






<あらすじ>
大崗はリストラに遭い経済的に逼迫していた。そんなとき、屋台の主人から、食事を作っている間捨て子を抱いていてくれと頼まれる。大崗は乳児の服の中に、ポケットベル番号と月200元の養育費支払いの約束を記したメモを発見。自分が乳児を引き取る決心をする。乳児の母親は艶麗という売春婦だった。月一回の養育費受け渡しを繰り返すうちに、2人の距離は近づいていく。乳児の父親は四徳という黒社会のボス。余命わずかと知った彼は、わが子を引き取りたいと考え、艶麗のもとを訪ねる。


<感想など>
最初のうち、画面はひたすら歩く大崗を追い続けるだけで、飽きてしまった。バックに流れるのは音楽ではなくクラクション音や罵声など、耳障りな音ばかり。不快指数は高まる一方だった。

また、今日の食事にも苦労するような独身男が、何のためらいもなく乳児を引き取り、手際よく面倒を見る様子は、かなり嘘っぽく映る。200元に目がくらんだのか。もし騙されたとしたらどうする?

しかしそんな心配は杞憂だったようで、子供の母親はちゃんと姿を見せるのである。そこから先は、退屈することなく、むしろ画面に食い入ってしまった。真実と虚構が繰り返される展開に、興味をそそられるのである。

真実に見えるのは、大崗と艶麗が乳児を連れて買い物をする場面や食事の風景だ。地味で背の低い中年男と、スタイル抜群で目鼻立ちのくっきりした若い女性。そして赤ちゃん。一見アンバランスだ。しかし彼らの揺らぎない信頼関係が「不均衡」という感覚を払拭させる。

また、自宅前で乳児の面倒を見ながら自転車修理をする男と、男の家に客を入れて商売する女の姿も、奇妙な光景に違いないのに、不思議な真実味がある。

虚構に見えるのは黒社会のボスと彼の取り巻きだ。彼が余命を告げられたときの心境も、黄河を見に行きたいという気持ちも、そして子供を引き取りたいという考えも、すべてが嘘で塗り固めてあるように思える。つまり、彼の周りはすべてが作為的に感じられるのである。

終盤は、最初の退屈が嘘のようにスピーディに展開する。そして「ん?それはどういうこと?」と思わせて終わる。偶然が偶然をよんで、今乳児は大崗が育てているのか、とようやく気づくのだが、ならば大崗は出所できたのか?ボスはどうなった?という疑問は残る。中国サイトの解説によればボスは死んだことになっているが、映像からその確証は得られない。

最初は『北京バイオリン』のような内容の作品だと思い込んでいた。そんな予想が見事にはずれ、それでよかったと思うと同時に、不思議感覚はいつまでも残った。

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