村上春樹『ノルウェーの森』上下巻 : 夢の国・亞洲文化宮

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村上春樹『ノルウェーの森』上下巻

20100330


出 版:講談社(文庫)


刊行年:1991年(単行本は1987年)



<前半のあらすじ>
1969年。「僕」(ワタナベ)は東京の私立大学生で、学生寮で暮らしていた。
ある日偶然亡き親友の恋人だった直子と再会。彼女は都内の女子大に通っている。
それ以来「僕」は頻繁に彼女と会うようになる。直子が20才の誕生日、2人は
彼女のアパートで一夜を共にするが、その後彼女は突然「僕」の前から姿を
消してしまう。後で届いた手紙によれば、彼女は京都の療養所で過ごしている
とのことだった。

<感想など>
『1Q84』の読後、ふとこの作品を再読したくなった。
『1Q84』は1984年当時を、そしてこちらは1969年当時を振り返っている。
時代は違うが、どちらも20年近く前の世相を背景に描かれていることに気づいた。
振り返って書くという作業はどんな感覚なのだろう。

『ノルウェーの森』を読んだのは20代最後の年と記憶している。
単行本の赤と緑が鮮烈だった。
内容はほとんど覚えていないが、印象に残ったことだけは覚えている。

長く綴られた手紙。
「~なのよ」「~だわ」「~わよ」といった女性の言葉の語尾。
寮での電話の取次ぎ。
レコードをかけるということ。
すべてが過去の情景である。
そして、みんなが懸命に生きている。正直に自分と向き合い、反省し、相手を思いやり、
誠実に生きようともがいている。
大切な話でさえメールで済ませてしまいがちな今日、自分の気持ちを伝えるために
これほど努力する人がどれだけいるだろう。
書いて、待って、読んで、また書く。思いを伝え合うのに流れる時間が、この上なく
貴重なものに思える。
また「僕」とは反対のキャラクターである永沢の生き方も鮮烈だ。
彼は自分の力を試すための努力を惜しまない。
高度経済成長下であくせく働く人々を「努力していない」と評し、自分の上昇のみを
見つめている。
「僕」の目には冷酷なエゴイストに映る永沢。しかしこれほどはっきり「努力する」と
宣言し、向上心を持ち続ける人物が、どれだけいるだろう。
初めて読んだときは彼らが一生懸命だとは考えもしなかった。

一方、女性陣はどうだろう。
直子。緑。レイコさん。みんな「僕」を惑わせるための存在に思えてならない。
それぞれが強烈な個性を放ち「僕」を翻弄する。彼女たちと接した「僕」が
成長したかどうかはさておき、その悩みで物語が構成されているのは確かだ。
心を病んだ直子。父の介護を続ける緑。直子のよき理解者であるレイコさん。
それぞれが深い闇をもっていて、その闇と格闘している。
彼女たちも懸命に生きている。

実は、この作品には好きな人物が誰一人として登場しない。
特に「僕」のナルシスト的側面が、耐えられなくなるときがある。
また、ことさらに挑発的な態度をとる緑は気に障るし、レイコさんの過去は
芝居じみて見えたりする。
それでも先が読みたくなるのはなぜだろう。
一つ一つの情景描写は美しく、目の前にその光景が広がっていく感覚が快感に
つながっていく。文章がなめらかで、たとえその光景が見たくないものであっても
見ずにはいられない。覗いてみたくなるのである。不思議だ…。

主人公の「僕」も今では還暦を過ぎたんだなあと思うと、小説に過ぎないのに
感慨深くなってくる。
永沢クンは今頃どうしているだろうか。(嫌いな人物だが興味津々)

映画化が決定したという。原作を深く理解できているわけではないので、おそらく
映像に落胆することもないだろう(と思いたい)。だから観てみよう。


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