千年の祈り : 夢の国・亞洲文化宮

スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

千年の祈り

20091118



2007年/アメリカ・日本/1時間23分(劇場で鑑賞)
監 督  王 頴(ウェイン・ワン)
原 作  李翊雲(イーユン・リー)『千年の祈り』
英 題  A Thousand Years of Good Prayers
中文題  千年敬祈
出 演  ヘンリー・オー  兪飛鴻(フェイ・ユー)
      ヴィダ・ガレマニ  パシャ・リチニコフ

<あらすじ>
シー氏(ヘンリー・オー)は娘イーラン(フェイ・ユー)が住むアメリカにやってきた。イーランが仕事に行っている間、シー氏は彼女の部屋に入り持ち物を詮索したり、外出して片言の英語で人々と会話したり、夕食の食材を買ってきて料理をしたりと、好奇心旺盛なところを見せる。そんな父に対しイーランの気持ちは複雑で、2人の会話も途切れがちだ。ある日シー氏は公園でイラン人の年配女性(ヴィダ・ガレマニ)に出会い、互いの境遇を話すようになる。ぎこちない会話ながら2人は気心が知れてくる。

<感想など>
最初は父がアメリカに来た経緯や、娘がアメリカでどんな状況なのかが全く不明だ。活動的でおせっかいな父を、気遣いながらも冷ややかな目で見る娘。何かわけがありそうだ。

やがて、シー氏と周囲の人々との会話から、彼がコミュニスト(共産党員)としての誇りを持っていること、ロケット製造に関わっていたこと、妻、すなわちイーランの母は、故人であること、そして妻子にあるうそをついていたことなどが、徐々に明らかになる。彼の背景はそのまま中国の現代史と重なっているのだ。国共内戦、大躍進、文化大革命。そんな歴史の波に翻弄されながら生き延びた今、彼は強い決意でアメリカに来たのである。これがわかったのは終盤だった。父の思いと娘の境遇がわかっていく過程が説明的でないところがいい。

また、喜劇ではないが笑う場面が多いところも好きだ。例えば、モルモン教布教のために弁舌をふるう青年たちとシー氏とのかみあわない会話をきいていると、結局はシー氏のペースで進んでいくのがわかる。彼の醸し出す雰囲気が、攻撃的な相手の心を温かく包みこむように見える。苦難を経てきた年長者は強い。いつしか観ている私のほうも、シー氏のペースに乗せられてしまう。
イラン人女性との会話では、ぎこちない英語に中国語やペルシャ語がまじり、ユーモアが感じられてほのぼのとした気持ちになってくる。ただ、互いの母国語である中国語とペルシャ語に字幕がつかないのが残念。2人が話す英語と同じ意味合いだろうが、情報量は格段に違う。こうした例は別の映画でも経験したが、「聞き取れない」とされる言葉も是非、字幕に反映していただきたい。

イーランの離婚は彼女自身の心変わりからだった。しかし彼女は、一線は越えていない。亡くなった母の思いが、彼女の中にあるからだろう。シー氏は娘の離婚原因と相手が妻子持ちである事実にショックを受けつつ、過去の誤解を解こうと、娘に真実を話し始める。壁一枚隔てた父と娘が、徐々に近づいていく。同時に、あの動乱がもたらした爪あとの深さが、観る側の心をもえぐる。

千年の祈り。永遠とも感じられる贖罪の気持ちが、鐘の音とともに響いてくる。
イーランが中国語で自由に感情表現できる日は来るのだろうか。

trackback

千年の祈り :龍眼日記 Longan Diary

仕事を定年退職したシー(區亨利:ヘンリー・オー)はアメリカで暮らす娘 イーラン(?飛鴻:フェイ・ユー)を訪れ北京からやって来る。 離婚して現在1人暮らしの一人娘を心配してのことだった。 朝食も取らずに仕事に出かけ帰宅も遅い娘を気遣いながら 夕飯を作り娘の...

コメント

ゆったりとした空気

孔雀の森さん、こんにちは。
淡々とした物語ですが長い間離れて暮らす親子の間に漂う空気が
ひしひしと伝わる作品でしたね。
おっしゃる通りシー氏の大らかで意思を持ったあのキャラクターが
見ていて気持ちよかったです。
あんなふうにゆったりと一言一言噛みしめながら話しかけられたら
思わず聞き入ってしまいそう。
イーランが言う「母国語では感情をうまく表現できない」という言葉は
とてもわかる気がしました。
それでも彼女が母国語で自分を表現できる日がくるといいですよね。

親子の思い

sabunori さん、こんばんは♪

>イーランが言う「母国語では感情をうまく表現できない」という言葉
私もよくわかります。彼女が成長期に受けた抑圧、そして言語の
文化的背景など、いろいろなことを考えさせられました。
また、「外国語なら言える」ことがあると思いました。

シー氏は全身で話しているんだなあと感じました。
相手と真摯に向き合い、自分の思っていることをどうにかして
伝えようとする姿勢に、見入ってしまいました。

イーランはきっと父のいる北京を訪れるでしょうね。
そのときには北京語で冗談を言ったり、笑い転げたり、あるいは
ぷんぷん怒ったりする、自然な彼女がいるかもしれません。
それが彼女の親孝行のような気がします。
非公開コメント
プロフィール

孔雀の森

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
最新の記事
リンク
ブログ内検索

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。