辻原 登『許されざる者』下巻 : 夢の国・亞洲文化宮

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辻原 登『許されざる者』下巻

20090810


出版社: 毎日新聞社


刊 行: 2009年6月 



<あらすじ>
槇隆光は日露戦争(1904~05年)に従軍し、兵士の脚気治療で成果を収める。脚気の細菌説を信奉する軍医監、森林太郎は、槇の唱える麦飯摂取やベリベリ丸の服用に反対である。そのため槇の処置は森には知らされなかった。
陸軍歩兵少佐の永野は重傷を負って凱旋、車いすでの生活は夫人と部下の村上が支えることになった。永野の状態が日に日に悪くなる中、夫人と槇の距離は縮まっていく。
槇の姪、千春は、鉄道敷設に従事する上林と婚約。そんな中、千春の従兄、若林勉の結核は悪化する。
「熊野魁」の記者として森宮に来た金子スガは熊野革命五人団との結束を固めようとする。やがて、東京で釈放された幸徳秋水の森宮来訪が伝えられ、鳥子署長は一段と目を光らせる。

<感想など>
下巻のリクエストが思いがけなく早く回ってきて、
取るものもとりあえず読み始めた。

登場人物が多いにもかかわらず、ほとんどすべてを把握できるのは、
誰もが独特のキャラクターを持っているからだろう。
例えば点灯屋の中森奈良之進。ガス灯への点灯消灯を生業としているが、
やがて電気の時代が来ると知り、狼狽する。
こうして特殊技術を持つ人々が減っていくのだと思い知らされる。

それはネジ巻き屋の中谷守一にも言えることだ。
これまで町中の時計の時間あわせはすべて彼に任されていた。
では汽車が開通したら、自分はこれに乗って
車内の時計を調整しなければならないのか…。
高速で動く汽車での時の推移はどうなっていくのか。
こんな疑問は思いもつかない。

死の床で愛する人の幸せを祈る若林勉の姿は
いつまでも頭から離れなかった。
死の恐怖を感じさせない穏やかな物腰が切なさをかきたて、
一層悲しくなってくる。

永野夫人の名前が呼ばれるのは一度だけだ。
槇と一緒に行った淡路島で、谷晃之の恋人お八重が呼んだ名が
「暁子さん」だった。
語り手は最後まで「永野夫人」と「夫人」で通す。
彼女の艶かしさはこの呼称によるのではないだろうか。

圧巻は上巻の感想にも書いた中子菊子。
彼女の心の広さと情の深さ、正義感には惚れ惚れとする。
物語中、彼女に敵う者はいないと思う。

次にタイトルの「許されざる者」を考えてみたい。
まず思い浮かぶは、本来なら姦通罪に問われるはずの
槇隆光と永野夫人である。
読者としては2人の恋の成就を願うのだが、
法律がこれを許さないと気づく。
永野夫人に熱を上げている鳥子署長は
公的権力を行使して2人を引き裂こうとする。
2人の行く末については、最後までじらされた。
明治政府にとっては、社会主義者、無政府主義者も
「許されざる者」だろう。
非戦論を唱える幸徳秋水の影響が森宮にも広がり、
金子スガが過激な革命論を展開する。
しかし金子の発想はどこか短絡的だ。
自分の言葉に酔いしれているとでも言おうか。
また、元「熊野魁」の記者で女衒(せげん)となった左巴君枝は、
娼婦はもちろんのこと、槇や千春にとっても
「許されざる者」だろう。
「許されざる者」はいくらでも出てきそうだ。

文豪や彼らの著作の出現が楽しめた。
森鴎外がドイツ仕込みの華麗なステップを披露する場面では、
石光大尉が「苦しんでおられるから」と言う。
これに対し槇は鴎外の苦しみが脚気治療に関することだと「推測」する。
でもこのとき私はふと「舞姫」のエリスが思い浮かんだ。
彼の踏むステップはエリス仕込みではないだろうか? 
エリスについては一生の苦しみではなだろうか?
かつて読んだ有名な物語をもう一度読みたくなった。
田山花袋についてはわりと庶民的な風貌が思い浮かぶ。
大柄とは意外だった。
また、若林勉が獄中の槇に届けたのは『吾輩は猫である』だった。

連続ドラマになりそうな物語だ。
主人公の2人は、絵に描いたような正統派の美男美女。
世の中では、西洋文化を享受する人々が増え、
戦争に疲弊する社会が問題となり、
大逆事件に向かっていく。
そんな時代の波に引っ張られるかのように、
上下巻を駆け抜けた気分だった。

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