1989年6月の日記から : 夢の国・亞洲文化宮

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1989年6月の日記から

20090607

毎年6月になると1989年の中国での出来事を思い出しますが、
日記を引っ張り出すことはありませんでした。
でも今年は偶然掃除中にこれを見つけてしまい、
後は掃除になりませんでした。

20年前の今日は、天安門事件から3日目の6月7日。
市内の在留邦人が日本語教師の方のお宅に集まり、
帰国について話し合っていました。
私は当時中国の大学で書法を勉強中で、
卒業展覧会を控えていました。
北京からはだいぶ離れた場所ですが、
家族を伴って赴任している人、
日本に家族を残して赴任している人などは
すでに帰国準備を始めていました。
私が「卒展があるので残る」と言うと、
「何を悠長なことを!」とあきれられました。
ラジオジャパンは北京の銃弾の音を流し、
北京の在留邦人が続々と帰国する予定だと
報道しています。
結局ある企業家のご尽力で、
帰国希望者(市内に住む邦人の約3分の1)のチケットは
すべて手配できたとのことでした。

私は卒業展覧会後に帰国することにしました。
シンガポールの友人は「内乱になるかもしれない。
何としてでも帰る」と言い、やはり私を悠長だと言います。
一方、アフリカ、ヨーロッパからの公費留学生は
「簡単に帰れる距離ではない。
チケットを買うお金もすぐに用意できない。
しばらくここでじっとしているつもり」と言っていました。

翌日、中国の学生たちが正門前で垂れ幕を掲げていました。
布には、たくさんの名前が「奠」の字のまわりに
寄せ書き風に記され、指紋が押してあります。
その色は暗い赤。彼らの指先には絆創膏が貼ってあります。
恐る恐るきいてみるとやはり指先を切って書いたとのこと。
彼らの顔からはいつもの穏やかさが消え、一様に険しい表情でした。

実は最近、あの垂れ幕のことを突然思い出したのでした。
三国志演義(井波律子訳)第二十回、
献帝が指先を噛み切って曹操討伐の密詔をしたためたくだりを
読んでいるときのことです。
20年前は、血で文字を書くというその行為を奇異に感じました。
でも今になって、そこにこめられた同学たちの真剣な思いが
伝わってくるのです。
物語と現実を並べるのはおかしなことかもしれませんが、
彼らには、長い歴史を背負っている意識があるようにも思えました。

学校側の配慮で卒業展覧会は日程を繰り上げて行われました。
そして6月20日に大陸を離れ、空路香港へ。
ビル群に突っ込んでいくような飛行機に度肝を抜かれ、
きらきらした風景にめまいを感じ、
ちょっとしたカルチャーショックになったのを今でもよく覚えています。
1989年の6月はめまぐるしい日々の連続でした。

さて、「天安門事件」とは何だったのでしょう。
この1~2年、当時を描いた映画や小説にたびたび出会いました。
それらの作品では、よくこの疑問が投げかけられています。
また、ここ数日の新聞には当時のリーダーの記事が連載され、
彼らには今も監視の目が光っているといいます。
振り返ることはできても真相解明は先送りが続くと思われる「天安門事件」。
きっと、来年の今頃もこう言っているでしょう。
「天安門事件とは何だったのだろう」と。

コメント

あれから20年

孔雀の森さんはまさに「あの時」大陸にいらっしゃったのですね。
日本の会社から赴任で来られていた方々は有無を言わさず即刻帰国、
というのは当然だったのでしょう。
またアフリカ、ヨーロッパからの留学生の方々の大陸にしばらく残る理由もなるほどと思いました。
そんな中孔雀の森さんは自分の意志で卒業展覧会を終えるまで留まられたのですね。
渦中にいらっしゃった孔雀の森さんですら「あれは一体何だったのだろう」と
振り返って考える天安門事件。
テレビのニュースを通して繰り返される装甲車の前にたった1人立ちはだかる学生の映像ばかりが
目に焼きついている私もまた「あれは一体何だったんだろう」と毎年6月になると考えてしまいます・・・。

昨日のことのような20年前

sabunoriさん、こんばんは。
あのとき自国にいた人も、中国にいた人も、きっと同じように
「何だったんだろう」と考えているのでしょうね。
当時、情報がラジオジャパンと中央電視台だけという中で、
自分たちがとるべき行動を判断するのは難しいことでした。
結果的に、私も含め、まわりの人たちは、無事にあの時期を過ごすことができました。
そのことを考えれば、それぞれの決断は正しかったと言っていいでしょう。
私はちょうど取り掛かっていた作品を中途半端にしたくなくて、
「残る」と言ったわけで、振り返ると楽観的過ぎたかとも思うのです。

>装甲車の前にたった1人立ちはだかる学生の映像
帰国してから見ました。「なぜ?どうして?」の疑問がしばらく頭を
駆け巡っていました。それは今も同じです。

お互い、毎年6月には、いつもあのときのことを考えてしまいますね。
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