中華学校の子どもたち : 夢の国・亞洲文化宮

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中華学校の子どもたち

20081202


2008年/日本/1時間26分(劇場にて鑑賞)
監 督   片岡 希

<内容・感想など>
横浜山手中華学校小学部の児童を3年間にわたって取材したドキュメンタリー作品。
幼稚園から中学校まで、11学級12クラスあるのだという。
華人学校として、横浜にはこの横浜山手中華学校と横濱中華学院がある。
前者が大陸系、後者が台湾系といわれているのは知っていたが、「学校事件」については今回初めて知った次第。
同じ県内に住み、中国語を勉強していながら、中華街の歴史には無頓着だったように思う。

獅子舞の獅子をかぶって無邪気に喜んでいた1年生たちが、終盤では中華街の調べ学習に出かける。
そんな彼らの成長記録の中では華人の歴史も語られ、親世代、祖父母世代の思いが溢れる作品とも感じた。
さて、教室の中では日本語の中に中国語が混ざって聞こえてくる。小学校1年生のクラスでは日本語の中に「ウォ:私」、「ニィ:あなた」が組み合わさり、日常会話は日本語の方が主だ。先生も、1年生の場合中国語を多用すると混乱する恐れがあるので様子をみながら両方の言葉を使用すると言う。図書室で中国語の「孫悟空」を読む子どもたちが「読めるのかよ」などと言いながら、本を囲んで習ったばかりと思われる中国語で朗読する。言語に対する興味を刺激する意味でも、低学年の先生の役割は大きいと思った。

余りの出る割り算を勉強する頃には、先生の言葉はほとんど中国語だ。しかし返答する子供たちの言葉は日本語である。映画で日本語⇔中国語のやりとりが不自然に見えることがあるが、ここではそれがごく自然に受け止められる。日本語で育った児童にとっては、やはり日本語の方が楽なのだろう。
国語の授業で「司馬光」の故事を読解する場面。日本語で発言する子が多い中で、一貫して中国語を使う女の子がいた。習得の早さには、本人の自覚以外に、家庭環境も関係するのだろうか。今回の作品には各家庭の事情は描かれていないが、そういったところには興味がある。言語環境は児童生徒の数ほどあるように思える。

画面に登場する先生方はいずれも卒業生。アイデンティティのとらえ方は人それぞれだ。「何人」なのか戸惑った経験を語る先生もいるし、「自分は中国人」ときっぱり言う先生もいる。こうした先生の考え方も子供たちに影響するのだろう。必然的に自分と向き合うことになる児童にとっては、教師、先輩の生き方は深い浸透力があると思う。日本人であることが生まれた時から当たり前の自分にとっては、なかなか想像が及ばないところだ。

社会科の調べ学習で親の職場をたずねることになった子どもたち。ある男の子の親はおかゆで有名な店で働いている。厨房を訪れた彼が照れくさそうに、でも誇らしげに「おかゆの作り方は?」と質問しているのが印象的だった。また、子どもたちに「お店に入る前にきちんと挨拶するように」と言ったお母さんの姿も忘れられない。地域で子どもたちを育てようとする姿勢がうかがえる。

観終わると中華街に足を運びたくなる。劇場から歩いていける距離だ。たまたまこの日は時間的余裕がなく行けなくて残念。

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