キネマの大地
2008年/中国/1時間30分(アジア・フィルム・フェスティバルで鑑賞)監 督 向 陽(シアン・ヤン)
監 修 中島貞夫
英 題 Mother Earth of Cinema
出 演 テイ龍進 大塚シノブ 張 雪 揚大為
<はじめに>
日中戦争時から国共内戦までの満映(満州映画協会)を描いた作品。向陽監督が大阪芸術大学大学院の博士論文に選んだテーマであり、中島貞夫監督監修の元、オール中国ロケで制作されたという。
<あらすじ>
1945年、日中戦争が終結し、満映の理事長が自殺。撮影所の権利を主張する管理側と職員側が激しく対立する。カメラマンの郭進は日本人監督末永らに協力を仰ぎ、新しい映画制作を目指す。看板女優を含む一部中国人が香港に去り、多くの日本人が帰国する中、映画に情熱を傾ける者たちの手で「東北電影公司」が設立される。末永監督の妹真理子は美術担当だ。やがて国共内戦が激化。郭進は前線で記録映画の撮影を担う。
<感想など>
複雑な時代背景の中、2つの国をとりあげると、どちらかの視点に偏りがちだ。しかしこの作品では双方の立場を公平に扱っており、監督のスタンスがよく理解できた。映画制作という一つの目標に向かう人々の間に国境を置かない。その主張が全編を貫いており好感が持てる。
全体的に舞台劇の雰囲気だ。中国語と日本語が飛び交い、だんだん中国人と日本人の区別がつかなくなってくる。日本に留学経験のある郭進は現場で通訳することもあり、真理子は中国語を話す。映画撮影という一つの目標に向かう彼らは、どちらかの国に属している人ではない。「映画人」という表現がぴったりだ。
わかりにくいのは共産党と国民党の関係。「映画人」は共産党、満映を売ろうとする者が国民党という設定である。
資金援助のため自分のカメラを売った郭進を「公共物を売った」として密告した男は、国民党の立場。後に撮影所を乗っ取ろうとした企みがばれてしまう。
また看板女優も国民党側の男の力添えで撮影所を去っていく。
鑑賞側には「厄介者払い」の印象が残った。
2つの党は「映画人」として一つにはなれない。国の立場を考えさせられた展開だった。
なお、共産党か真理子かの二者択一を迫られた郭進、身を引く決心をする真理子双方の苦悩が重く迫ってきた。
この後、彼らは大躍進、文革の時代をどう過ごしたのだろうか。気になるところである。
上映後のティーチ・インには向陽監督、中島貞夫氏、大塚シノブさんが登壇。
満映は監督の家から15分くらいの近距離にあったのに全く知らなかったとのこと。映画を志す者として研究の必要性を感じ、1年かけて関係者を取材したと話す。
大塚さんは極寒の中撮影した時のエピソードを話し、この作品をアピール。
また他の日本人俳優も同じ場所で鑑賞しており、後で紹介があった。たった今スクリーンで観た面々を目の当りにすると、急に親近感がわいてくる。特に悪役の方に。(笑)
両国の俳優が共演する風景が、作品と重なって見えるようだった。
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