帚木蓬生『カシスの舞い』 : 夢の国・亞洲文化宮

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帚木蓬生『カシスの舞い』

20080519

カシスの舞い
 出 版: 新潮社

 種 類: 文庫

 刊行年: 1996年 (初版は1983年)

<あらすじ>
水野トシオはフランスのティモーヌ病院に勤務する精神科医。フランス語が堪能で地元の剣道クラブに通い、恋人シモーヌとの仲も順調だ。
ある日水野が勤務する病院で頭部のない死体が発見されたが、元患者と思われる被害者のデータは全て消失していた。また水野は、シモーヌの亡くなった叔父の頭部に謎の縫合跡を見つけ疑念を抱く。さらに彼が主治医をしていた元患者がカシスで遺体となって発見される。水野は不可解な事件の謎を解明すべく行動を開始する。


<感想など>
事件の全容が解明された後にもう一度最初から読んでみた。ある登場人物を、事件に関わる人物として眺めると、それぞれの言動に綿密な伏線が張ってあることに気づく。最初に読んだ時に見えなかった容疑者の表情が、2度目にははっきりと読み取れる。サスペンスは2度目も面白い。

物語に描かれるカシスが美しい。海には舟が行き交い、白い波頭が見える。海岸では人々が楽しそうに食事をしている。
タイトル『カシスの舞い』は、そんな海岸の喧騒と波間を象徴しているのかと、最初は思った。ところが…。
美しいカシスと、その裏側に潜む汚れきったカシス。両者のギャップが事件の重大さを物語っている。

麻薬密売人と病院が地下で通じて麻薬の取引をするという、信じられない話である。医師が人為的に麻薬中毒患者を作り出し実験台にするのだ。ターゲットは心に病を抱える患者である。人の弱みに付け込んで実験材料にすることに良心の呵責も感じないとは、何と恐ろしいことか。

ところで「良心の呵責」を感じる境界は、どのように引かれるのだろうか。
研究に没頭するうちにその境界線があやふやになっていく過程が、一通の手紙に記されている。
科学の発展には科学者の飽くなき探究心が不可欠だ。しかし越えてはいけない一線の先に光が見えたとき、彼らはどう判断し、どんな行動に出るのだろうか。
手紙の執筆者は一線を越えたのだ。すると次は難なく超えることができるようになる。こうして倫理観が麻痺していく。一研究者が研究に没頭するうちに、目の前の人間を実験材料としか見られなくなっていく経緯が、まるで普通の出来事のように綴られる。
そんな精神の変化は恐ろしいが、それが医学の進歩の背景になっていることも暗に語っている。
20年以上前に書かれた小説だが全く時代を感じさせない。それはテーマが普遍だからだろう。今後もこの物語は現代医学に対する警鐘であり続けると思う。

なお、主人公が相変わらずカッコよすぎる!!
身の危険を冒してまで正義を貫くヒーローに会いたくなると、また帚木作品に手を伸ばすのである。

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