玄侑宗久『龍の棲む家』 : 夢の国・亞洲文化宮

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玄侑宗久『龍の棲む家』

20080127


発 行:文藝春秋

刊 行:2007/10


<あらすじ>
主人公幹夫は父が痴呆症を患っていると兄から聞き、経営していた喫茶店を閉店し実家に戻る。父は母、兄一家と共に生活していたが、母と兄嫁が亡くなった後は兄と2人暮らしだった。自分が面倒を見る番だと腹を決めた幹夫だったが、父の姿にはとまどうばかりだ。
ある日幹夫は公園で佳代子という介護福祉士の女性と出会う。日々一緒に散歩をするうちに、父、幹夫、佳代子は少しずつ寄り添っていく。やがて佳代子は幹夫の家でヘルパーとして働くことになる。



<感想など>
昨日観た『夢遊ハワイ』の感想が介護目線になっていたのは、きっとこの本を先に読んでいたからでしょう。

父親は時には「市役所の職員」として、「部下」の幹夫や介護士の佳代子に仕事を命じたり、家に招いたりします。
そんな父の心に沿い忠実な部下を演じる2人と、昨日の映画に登場した若者とが、自然にリンクしたのでした。

実際に痴呆患者の介護に当たっている人には「きれいごと」に見えてしまうかもしれません。でも佳代子が実践する患者との接し方には説得力があり、納得させられます。
彼女の対応の基本は相手に対する尊敬の念。いろいろな時代の姿に変身する「父」に常に寄り添う幹夫と佳代子。そんな姿勢に幸運の女神が微笑んだのでしょう。

痴呆症を患った父親を龍に見立てているところに神聖さを感じます。
父親の中に潜む「龍」の動きに合わせ、幹夫と佳代子もゆるゆる動いていきます。
ゆっくりと流れる時間がとても心地よく、瞼が重くなっていく…。
静謐な文章は声に出して読みたいほど。言葉で書き表された楽譜。あるいは言葉の色に染められたキャンバス。今さらですが「文芸」の意味がよく理解できたような気分です。

決して人事ではない、と思いながら読んでいました。将来の自分が患者と介護者両方の立場になる可能性を考えると、日頃の行いを思わず振り返ってしまいます。
この物語の父親は忠実に仕事に取り組んできた人物。「龍」は棲みかを選ぶのかもしれません。
父親の症状が進むことは明らかですが、希望の光を見せながら終わるところにはときめきさえ覚えます。

コメント

言葉の力

やはりきれいごとだと思うのですが
でも こうありたいと思います
実際は 尊敬の念を持って接する事が出来ないのです
哀しいかな 愚かな人間なので。。。
老醜という言葉が先に浮ぶのです
そして明日は自分かと思うと
たまらないです
醜く死にたくないけれど
苦しまなければ死ねないのが現実
せめて こういう優しい言葉の中でまどろむのは 
ひとときの幸せですね

優しい言葉

usakoさん、こんにちは。
病気のご家族がいらっしゃることを、usakoさんのお部屋で知りました。
苦労されているusakoさんの言葉は重いです。
苦労していない自分の感想は滑っているかもしれません。
でも著者の言葉の美しさに惹かれ、書かせていただきました。
実際に介護している方がこの作品をどう思うか、おききしたいところです。

>こういう優しい言葉の中でまどろむ

そういう言葉を日々さがしていきたいです。
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