帚木蓬生『逃亡』 : 夢の国・亞洲文化宮

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帚木蓬生『逃亡』

20070801

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  出版社: 新潮社
  
  刊 行: 1997年




<あらすじ>
1945年8月。香港憲兵隊特高課所属の守田征二は秘かに逃亡を図る。敗戦国の憲兵として拘束は免れないと判断したからだ。彼は「明坂圭三」と名を変え、運よく広東省の収容所に入所できる。さらに引き上げ船にも乗れて帰郷がかなう。
しかし妻子との安らかな生活もつかの間、戦犯容疑で出頭命令が出る。彼は同行した巡査を振り切って逃げ、列車に乗り込むのだった。その後は遠縁の家や知人宅を転々とし、極貧の生活を送る。ところが街で塩を売っていた時に逮捕され、2年に及ぶ逃亡生活にもようやく終止符が打たれる。
妻子との対面を果たし巣鴨の留置場に送られると、後は香港に移送され死刑となる日を待つばかりである。彼は戦争について考えを巡らせるのだった。
<感想など>
全622ページには少しも隙がなく、内容も、本そのものも、すべてが重い。
今まで触れた戦争に関する本や映像作品の中で、元憲兵の内面を深く描いた作品はこれが初めてだ。
戦争体験のある親から戦争の悲惨さ、無意味さを繰り返し聞かされてきたが、それは遺族側の気持ちだった。
今回は憲兵という指揮する立場にあった者の体験である。

最初は逃げる気などなかった主人公が、戦友の勧めに乗る形で逃亡を決行。
しかしその友は間もなく亡くなる。強運の持ち主であるという導入で物語は始まる。
収容所では憲兵の身分を隠して偽名を通し、着実に人間関係を築いていく。
でも「明坂圭三」として神経を張りつめる日々は、意外に早く終わる。
彼は無事帰国できて、しばらくは家族と幸せな日々を過ごす。
しかし事実上の逃亡は皮肉なことに帰国後なのだ。

国のために尽くしてきた自分が、まさか国から追われる身になろうとは…。
この矛盾は最後まで彼につきまとう。
ともかく生きようとする執念が、彼を逃亡に駆り立てるのである。
しかし一方で自ら3人を殺したという事実が重くのしかかってくる。
やがてなぜ手を下したのかと考えるようになる。
物語の冒頭にはなかった感覚である。
彼の変化の過程には、家族をはじめ、収容所で知り合った三沢、両親を亡くした少年マモル、遠縁に当たる宗教家、そして上官の熊谷など、実に様々な人々が存在する。
それぞれが運命的なかかわりを持ち、互いに色濃く影響しあう。

一方、子供を育てながらやみ商売を続ける妻は、夫に対し揺るぎない信頼感を持っている。出産を経て間もなく仕事を再開する姿はたくましく、彼女の生への執念も非常に強い。夫の逃亡を心から祈り、あきらめない姿勢を貫く。

しかし主人公の逃亡はあっさりと終わる。
緊迫感はいったん途切れるが、その後は運命を受け入れようとする者の葛藤が渦巻く。
夫に、父に会うため、九州から列車に乗り込む母子の姿が克明に描かれ、対面までが一筋の流れのようだ。対面後は時間が止まったかのような感覚に包まれる。

一体何のために始まった戦争なのか。
誰が命令したのか。
表面には出てこないB、C級戦犯の扱いに対する理不尽な思いと、加害者としてのの悔恨に満ちている。
突きつけられた課題はあまりにも重く、こちらまで刃(やいば)を向けられたような気持ちになる。
主人公がこういう思索にふけるようになったのも、留置場で知り合った人々の影響だ。

なお、逃亡の最中には様々な思い出が挿入され、話が前後するのだが、全く混乱せず読み進めることができた。
きっと、一つ一つの描写が細緻だからだろう。
香港の街並みや収容所の様子、引き上げ船の中、故郷の風景などが目の前に広がるかのようだ。
刊行が香港返還の年というのは、作者の意図だろうか。

著者の実父の体験を基に書かれた作品だという。
全編が、作者の父に対する尊敬の念にあふれている。
読み終えたのがこの季節というのも、感慨を深めた一因かも知れない。

コメント

 戦争にまつわる小説はいろいろありますが、元・香港憲兵隊特高課の方が主人公とは興味深いですね。
 『私は貝になりたい』という有名なドラマがありますが、戦犯として裁かれた一般の人々の中には、命令され否応なく行ったことについて極刑を受けた方も多かったようですね。

 平和な世の中に暮らしていると、理不尽なことが平然と行われていた事実に怒りを覚えますが、本当はこの世の中、理不尽なことだらけなのかもしれませんね。

藍*aiさん、こんにちは。
香港が舞台となった戦争の小説は初めてです。特高という任務についても詳しく描かれてあり、まるでドラマの世界のようでした。
『私は貝になりたい』はタイトルだけ聞いた事がありますが未見です。『逃亡』と共通する内容があるのですね。生き残った人、すぐ捕らえられて極刑に処せられた人の間に、どれだけの差があるのだろう(ないのではないか)、と思ったのでした。
平和ボケしているところでこれを読んで、ガツンとやられた気持ちです。
理不尽なことに気づかず毎日を過ごしているように思えるのでした。
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