如果・愛 : 夢の国・亞洲文化宮

スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

如果・愛

20061119

「ウィンター・ソング」の原題、「如果・愛」。
映画を観た後、この意味をずっと考えていました。
で、思い至ったのは、
これは聶文(張學友)の気持ちではないか、ということ。

彼は孫納(周迅)を束縛しながら、今の地位を築いてきました。
孫納もまた、彼がいたからこそ、現在の自分があるのを自覚しています。
撮影が始まるまでは、互いの「利用する、される関係」に何の疑念も持たない二人。
前半、聶文の歌からは、貪欲さ、傲慢さがにじみ出ているような気がします。
孫納に対しては、一生自分の支配下にいろ!…みたいな。
以下、ラストに関する記述があります。
林見東(金城武)の出現によって、二人の関係に微妙なずれが生じます。
聶文にしてみれば、見東の愛情はどこまでもピュア。
一直線に自分の気持ちを孫納にぶつける見東を見て、自信の揺らぐ聶文。
自分は孫納を本当に愛しているだろうか…と。
自分に迷いが生じて、撮影が中断するのです。
この間、聶文は自問自答を繰り返したのでは?
孫納に対して愛があるのだろうか?
監督としてどう生きればいいのか?
…etc…
そしてある決断をして撮影を再開します。

「もし、本当に愛しているならば…」(如果我真的愛她…)
ラストはその答えともなる行動です。
愛しているからこそ、相手を解放しなければならない。
互いに自立の方向を歩まなければならない。
見東は聶文の気迫に圧倒されたはず。
自分の卑小さを思い知らされたのでは?

孫納は以前とは違った意味で聶文を愛し始めたのではないでしょうか。
聶文は次の作品は「青島」で、と言います。
でも孫納は、それは「塩湖」のある「青海」のことだと言う。
私は案外、青い海、青い空の「青島」ではないか、と思うのですが…
もう一度中国語の台詞を確かめたい箇所です。

コメント

非公開コメント
プロフィール

孔雀の森

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
最新の記事
リンク
ブログ内検索

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。