嘆きのピエタ : 夢の国・亞洲文化宮

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嘆きのピエタ

20130924

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2012年/韓国/1時間44分(劇場で鑑賞)
監 督  キム・ギドク
英 題  PIETA
出 演  チョ・ミンス イ・ジョンジン
     ウ・ギホン カン・ウンジン
     クォン・セイン チョ・ジェリョン

<あらすじ>
生後すぐ親に捨てられ30年天涯孤独に生きてきたイ・ガンド(イ・ジョンジン)。彼は元締めの下で借金の取り立てをしていた。返済不能に陥った者に大けがを負わせその保険金を受領するという手段に、多額の借金を抱える零細企業経営者は日々怯えていた。また、障害を負った者やその家族の恨みは果てしなく大きい。そんな彼の前に突然、母を名乗る女性チャン・ミソン(チョ・ミンス)が出現する。最初のうちは信じられなかったガンドも、ミソンの献身的な愛情に接するうちに、徐々に心を開いていく。やがて自分が大勢から恨みをかっていることに恐怖をおぼえ、彼女の身を案じるようになる。

<感想など>(完全ネタバレです。)
事前にタイトルの意味を調べてみると、「ピエタ」とは、十字架から降ろされたイエス・キリストを抱く聖母マリアを意味するとのこと。ポスターには、ガンドを抱くミソンの姿が描かれているが、実際にスクリーンに映し出される光景とはあまりにも違いすぎる。どのような展開を経て「悪魔みたいな男が母の愛を受けて改心する物語」になるのだろう、などと勝手な想像を働かせていた。

とにかく息をのむ場面の連続だ。
ミソンが見せる、母であることを信じさせるためのあの手この手は、すべて常軌を逸している。ガンドの無理難題をすべて受け入れ、味方であるという意識を徹底的にに植え付ける。時には人間の尊厳に関わることも耐え忍び、苦痛に顔をゆがめる姿には、思わず悲鳴を上げそうになった。また、彼女は、彼に寄り添っているかと思えば、時にはものすごい嫌悪の表情を向ける。実の母だとすれば、彼女の行動には謎が多すぎる。本当に母なのか、それとも…と疑問を抱きながら画面に見入る。

今こうして書いていくうちに、すべて明かさなければ終われないとわかった。そこでここで完全ネタバレをしてしまいます。

彼女は、借金苦で自殺した息子の復讐をするために、ガンドに近づいたのだった。終盤でこの事実がわかった時、ミソンの一挙一動にすべて意味があったと気づき、画面を見ながら過去を振り返っていた。

ミソン自身の迫真の演技は、確実にガンドを変えていく。けれどもいざとなったときに、彼女は躊躇する。自分の死後、彼が真実を知ったら立ち直れなくなるはずだ。まさにそれを望んでいたはずなのに、彼女の心には彼を慈しむ気持ちが渦巻いている。緻密な計算が狂うとは…。復讐心を抑えるような感情が芽生えるとは…。

迫真の演技をするミソンを、女優チョ・ミンスが演じている。冷酷無比の男、ガンドを演じるイ・ジョンジンも素晴らしいが、それ以上に、チョ・ミンスの何かが憑依したかのような姿には凄みがある。彼女の雰囲気にすっかり飲み込まれてしまった。

親は子どものために、また子どもは親のためにどれだけのことができるか。まるで自分を試されているかのようだった。身を削って復讐に燃えたり、障害を負っても養育費を作ろうとしたりと、親の徹底的な献身ぶりには圧倒される。一方、子供の方も親を守ろうと懸命になる。こうした緊密な親子関係の描写には、やはりお国柄が表れると思う。

ミソンが編んでいたセーターの赤と白が、ラストにつながっていき、その場面が頭から離れなくなった。あれほど凄惨なのに、ガンドにとっては今までで一番心穏やかな時だったのではないか、と思えるのが不思議。一方ミソンにとっては、心の整理がつかないままの最期だったかもしれない。ガンドが生き地獄から解放されたのであれば、それを伝えたいと心から思う。

目を覆いたくなるシーンの連続なのに、心が浄化されるようだった。まるでマジックにかかってしまったかのようだ。でもマジックはおそらく一回きり。今のところ再鑑賞するつもりはありません。

trackback

嘆きのピエタ :虎猫の気まぐれシネマ日記

キム・ギドク作品は,観るのにいつも相当な覚悟が要る・・・・。 人の心の中の,またはこの世の中の,醜悪なものや罪深いものや,やりきれないほどの哀しみを,目を覆いたくなるほどに生々しく,同時に切なく描いてくれるから。その後味は強烈過ぎて,できれば観たくはないのだが,対峙したくもないのだが,それでも鑑賞後

コメント

こんばんは

孔雀の森さん お久しぶり!
ギドク作品でおしゃべりできて嬉しいです。

>あれほど凄惨なのに、ガンドにとっては今までで一番心穏やかな時だったのではないか、と思えるのが不思議。
そうですよね。ガンドのあのラストシーンは
とっても凄惨な死に方なんだけど
彼の静かで穏やかな表情が忘れられません。
きっと彼の心の中は,これまでの生涯の中で一番凪いでいたのでは?
贖罪の気持ちや人間らしい気持ちが初めて芽生えた結果かもしれませんが
もう生きることもできなかった・・・というのもあったでしょうね。
死を受け入れた人間の不動の静けさだったのかもしれません。
夜明けのシーンであったことも,BGMの讃美歌も
罪を償って赦された罪人への優しさが感じられたのです・・・。

再鑑賞はナシですか~~
私はDVD買いたいなぁ~~~
ギドクの作品で感動しても再鑑賞ってこれまでは私もなかったんだけどね。
これは好き。

まだマジックがかかったまま

ななさん、こんばんは♪
DVDご購入希望ですか!!
確かに、すべてを知った後で鑑賞したら、ミソンの一挙一動に
納得できそうな気がしてきました。
また、キリスト教の教義を少し教えていただいたので、背景なども
初回よりはつかめるかもしれません。
心の持っていかれ方が尋常ではなく、そうした意味ですぐれた作品と
言えると思いました。
でも今のところはまだかなあ~

ななさんの日曜学校の講話、私も聞きたかったです。
「墨よりも黒い」とは、いったいどれだけダークなの~、と一瞬
考えてしまいました。
そんなどす黒い罪、到底許されない罪を背負ったのがガンドという
人物像なのだと考えると、彼の心穏やかになる過程が、観た感じよりも
遥かに厳しかったのだと、今になって思います。
ミソンが偉大な人物に思えてきました。普通の人間には見えません。
監督の頭の中にはラストの彼が先に存在し、後からどんどん黒く
塗り固めていったのかしら…と、ちょっと思いました。

>罪を償って赦された罪人への優しさが感じられたのです・・・。
凄惨なシーンでありながらホッとしたわけが、何となくわかってきました。
讃美歌の余韻が今も頭の中に残っています。
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