2012-02 : 夢の国・亞洲文化宮

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長纓在手

20120229

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2000年/中国/ 全44回/7DVD’s(中国版DVD)
監 督  劉家成
出 演  許晴 解暁東 陳慧敏 揚陽 王剛 陳小春 張春仲 騰飛
     邵兵 程逝寒 胡可 張少華 黄暁明 高永紅 竹啓摯 
     王丹紅 囉珊珊 張金生 陳平 周小惠 婕

<はじめに>
購入したDVDのタイトルは『迷霧蒼龍』。

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途中で中身とパッケージがどうも違う気がしてきた。パッケージに映る俳優たちは、半ばを過ぎても登場しない。主役(?)黄暁明の初登場は第32回。徐静蕾は何と最後まで登場しない(気がつかないだけ?)。写真はどう見ても、本作から何年か後に撮られた、他作品の役柄のもの。調べてみると、本作品のタイトルは『長纓在手』(「武力は手中にあり」という意味)であることがわかった。以上の背景には何か理由があるのかも。

<主な登場人物>()内は役者名。ネタバレあり。
襲月格格(許晴)
鎮国公の娘。銭牧庸への復讐と、奪われた龍頭を取り戻すことを決意。
邵雲中(解暁東)
新聞記者時代、龍頭の取引きを痛烈に批判。襲月格格と結婚後は劇場を経営。
秦九(陳慧敏)
鎮国公、襲月格格、纓児の三代に亘って仕えた宦官。カンフーの達人。20年かけて纓児と花逢春を探し出す。
阿彩(揚陽)
花逢春の母。秦九が宦官と知りながら求婚し、夫婦となる。
銭牧庸(王剛)
骨董研究家。偽龍頭制作の名人。親の復讐を果たそうと、鎮国公を陥れる。骨董への傾倒、龍頭の追求が原因で妻子と別離。日本人の孤児高橋血を後継者として育てる。
纓児(許晴:二役)
襲月格格と邵雲中の娘。乳児の時行方不明に。20年後秦九と会ったときには浮浪児たちのリーダー格になっていた。花逢春との結婚を前に、乗った船が沈没。
花逢春(陳小春)
阿彩の息子。愛称は小春(シャオチュン)。呉峻に誘拐されてから彼を父と思って育ち、警官となる。纓児と相思相愛の仲に。
呉峻(張春仲)
誘拐した花逢春を息子として育てる。饅頭作りが上手。
胖三(騰飛)
花逢春の同僚で親友。龍頭に目がくらんで自滅。
高橋血(邵兵)
父亡きあと銭牧庸に引き取られる。骨董店『集古軒』の店主。纓児を一途に愛する。
馬大強(程逝寒)
軍閥の首領。日本軍相手に龍頭と武器を交換するよう、花逢春に命じる。
阿静(胡可)
来歴は謎。銭牧庸の娘「小牛」として彼の前に出現。高橋を一途に愛する。
梅姨(張少華)
阿静を育てた凄腕のスナイパー。
張力(黄暁明)
凄腕の殺し屋。高橋との出会いをきっかけに、足を洗おうとする。阿静を一途に愛する。

<内容・あらすじ> 完全ネタバレです。
清朝末期。清仏軍の圓明園焼き打ちで奪われたとされる龍頭が発見される。鎮国公が競売にかけたその龍頭は、何と銭牧庸が制作した偽物。鎮国公は自殺。娘の襲月格格、新聞記者の邵雲中、宦官の秦九は、銭牧庸が地球儀の中に隠した本物を手に入れる。

月日は流れ、襲月格格と邵雲中は一女の親となる。そんな中、銭牧庸の陰謀で龍頭が奪われた。雲中は刀傷が原因で、また襲月格格は台風で倒壊家屋の下敷きになり、共に死亡。秦九が遺児を抱えていたときに夫婦となった阿彩は盗賊に襲われ死去。襲月格格の娘「小格格」も、阿彩の息子も行方不明に。

20年後、時代は中華民国。秦九は厦門(アモイ)の埠頭で「纓児」と呼ばれる襲月格格そっくりの女性を見つける。彼女が伝来のオルゴールを持っていたことから「小格格」と断定、保護する。また、阿彩の息子花逢春が今は警官で、盗賊だった呉峻に育てられているのを知る。呉峻は真相を知った逢春の弾に斃れる。

龍頭の出現情報をつかんだ纓児、逢春、秦九は台湾に向かう。逢春と纓児は、船内で殺された日本人酒井とその愛人越秀になりすます。そんな彼らの前に現れたのが「李謙」。後に彼は義父銭牧庸から日本人の「高橋血」であると明かされ、しかも惚れた纓児が仇の娘だと知り、衝撃を受ける。

軍閥の首領馬大強は花逢春に、武器と本物の龍頭を交換するよう命じる。身の危険を感じた逢春は、高橋に纓児を託す。命令に逆らって弾薬をすべて爆発させた逢春は軍の発砲で死去。纓児はこの事実を知らないまま横浜行きの北光丸に乗る。龍頭を持って乗船した荒木を追うためだ。纓児と共に乗船するはずだった高橋は、義父銭牧庸の急病のため残る。そんな中、北光丸沈没の情報が入る。

銭牧庸の前に、突然娘「小牛」が現れる。長年再会を待ちわびていた彼は嬉しくて仕方がない。ところがそれは失踪した妻の復讐心によるものだった。「小牛」は実は「阿静」といい、カンフーも銃も腕利きだ。彼女は、ある秘密をつきとめるために銭牧庸に近づいたのだった。

高橋は張力という殺し屋の手当てをする。これをきっかけに二人の間に信頼関係が生まれるが、張力にとって高橋は恋敵でもあった。張力は阿静暗殺の命令を受けるが、彼女を愛する彼にはどうしても実行できない。4人の殺し屋をすべて消して彼女を振り向かせようとしても思うようにならない。彼はついに、骨董店主を殺し本物の龍頭を手に入れる。

龍頭の競売が行われる。張力、日本の皇女、邵雲中の息子(?)邵飛が持ってきた、三つの龍頭が並ぶ。そんな中、亡くなったと思われた銭牧庸、湯慈君夫妻が突如現れる。

<感想など>
矛盾に満ちているが憎めない作品。
最初のうちはいつまでたっても目当ての俳優が出てこないので、鑑賞をやめて抗議しようかと思った。しかし陳小春が登場してから気が変わった。その上邵兵まで出てきて彼らが主役級になると、夢中になって止まらなくなった。
以下、独断のテーマに沿ってみていきたい。

主役は誰?
主役がどんどん変わっていくのが本作品の特徴だ。最初の主役はすぐにいなくなる。中盤で主役になった人たちも後半で消えてしまう。全44回を通じて生存しているのは、銭牧庸だけかも知れない。彼は最初悪役だったが、最後は好好爺となっていて、不思議な存在感を放っていた。ならば彼が主役かというと、そうでもない。では誰?龍頭?『平安夜:聖しこの夜』を奏でるオルゴール?今、脳裏は、龍頭の金色と『平安夜』のメロディに包まれている。そんな中ポッカリ浮かぶのは、纓児の姿。有閑マダムの恰好もいいが、パンツルックの方が断然好き。許晴の溌剌とした演技には元気をもらった。

華麗なる恋愛模様
最初のカップルは襲月格格と邵雲中。熱烈な恋愛を経て結婚する。ところが、襲月格格は、雲中が龍頭を日本に渡すと思い込み、彼の胸目がけ剣を放つ。それが命中して致命傷となってしまう。夫よりも龍頭を気にかけたその気持ちに、納得がいかなかった。

纓児、小春の二人はコミカルで、笑えるシーンが多い。カップルへの発展など考えられなかったが、高橋の出現で大きく変わる。荒っぽかった纓児の変化も見どころの一つ。最後は小春のシリアスな演技にちょっと泣けた。この後は纓児と高橋がどうなるかが焦点だったが、ここまで主役だった纓児が突然消える。主役を引き継ぐのは纓児を忘れられない高橋となる。

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張力→阿静→高橋→纓児の一方通行は最後まで変わらない。阿静と高橋が結ばれる版もあるらしいが、この版では誰の恋も成就しない。張力は最初のうち自分の心に蓋をして阿静、高橋を応援していたが、途中で方向転換、阿静に猛烈にアタックする。演じる黄暁明は頬がふっくらとして可愛いらしい。そんな彼だからこそ、執拗な行為も切なく映り、観ていて痛くなった。彼は完全な脇役だったが、現在の活躍を予感させる演技を見せてくれた。

阿静は高橋への愛情ゆえ任務を怠り、何と龍頭のありかを彼に教え、殺し屋から狙われる。彼の窮地を命がけで救ったのに彼の心は変わらない。これに絶望したのか、最後はやけっぱちな行動に出る。こういう面は張力と同じ。

夫、銭牧庸の骨董狂いに愛想を尽かしたという湯慈君。龍頭を追っていて息子の死に際に間に合わなかった夫を恨み、娘を連れて家出。放浪の挙句娘は死去。沙天佑という男の経済力に頼る。これもすべて銭牧庸への復讐だと言うのがよく理解できない。偽の娘を雇うなんて、やはりおかしい。でも再会した夫婦が近づいていく過程では、銭牧庸役、王剛の演技が圧巻で、脚本をカバーしていたと思う。

本物を追う真の理由
本物の龍頭を追求する理由が「本物だから」ではなく、中に入っている玉璽目的だったことにがっかり。結局玉璽の入った本物が国に戻り「めでたし、めでたし!」となるありきたりのエンド。どこかで観たストーリーだ。骨董談議による格調の高さが急に下がってしまった感じ。阿静が銭牧庸に「龍頭の研究を日本でやりましょう」と誘うシーンの方が、説得力があった。

寛恕
本作品のテーマを表すのがこの言葉。銭牧庸は、義子高橋が親の仇打ちを否定する姿から、自分の卑小さを思い知る。また、日本人ではなく日本軍の行為を非難している点、龍頭に関わる者が次々と命を落とす中、最も深く関わる銭牧庸を生かした点からも、「寛恕」の姿勢がうかがわれた。「罪を憎んで人を憎まず」ということだろう。

<最後に>
物語の展開や日本人の描写には難点が多いが、俳優陣の演技とテーマがよかったので最後まで楽しめた。特に王剛、陳慧敏は素晴らしい!敵同士だが、後半は手を組む関係となる。牽制しながら協力しあうやりとりが面白い。陳慧敏は軍閥の首領を演じた程逝寒とも名コンビぶりを見せてくれる。今度陳慧敏出演作をチェックしよう。

ラストまでのジェットコースター的展開にはびっくり!でも最後はちょっともの足りない…と思い、他のバージョンの最終回をネットで視聴。すると45回版の方が余韻があってよかった。他の展開も観たいものだ。

後半から、観始めたら止まらなくなって、何も手に着かなくなった。終わったら放心状態。これだからドラマは怖い。最近ドラマから遠ざかっていた理由はまさにそれだが、また次の作品に目星をつけようとしている私。眼精疲労が治ったらまた考えようっと。(笑)

この場面、好き!!
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山中傳奇

20120220

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1979年/香港/1時間57分(レンタルDVD)
監 督  胡金銓(キン・フー)
英 題  Legend of the Mountain
出 演  石 雋(シー・チュン)張艾嘉(シルビア・チャン)
     徐 楓(シュウ・フォン)田 豊(ティエン・フォン)
     徐彩虹(レインボー・シュウ)佟 林(トン・リン)

<あらすじ>
宋の時代。書生の何雲青(石雋)は高僧から託された写経のため、宿を探していた。途中出会った崔鴻至(佟林)の案内で、彼は山中の屋敷に落ち着く。ここで王夫人(徐彩虹)と娘の楽娘(徐楓)のもてなしを受けるうちに、雲青は意識が朦朧となる。気がつくと、そばにいた楽娘から一晩を共に過ごしたと言われ、責任を取る形で彼女と結婚。ところが楽娘の行動はどこか怪しげだ。ある日雲青は崔と酒店へ行ったときに、王夫人と楽娘が妖怪であると告げられる。また、酒店の娘荘依雲(張艾嘉)には見覚えがあった。

<感想など>
『楽日』を思い出した。映画館で若き日の自分を観ていた石雋が、本作品の主人公。あの作品で初めて胡金銓の名を知り、いつか『血闘竜門の宿』はじめ、この監督作品を観たいと思っていた。その願いが一つ叶ったことになる。
今回鑑賞した普及版とは別に、3時間に及ぶ完全版もあるとのこと。機会があれば是非そちらも観たいものだ。

さて、書生のいでたちから連想したのが『チャイニーズ・ゴーストストーリー』。それで美女との恋物語を期待していたものの、前半の展開ではがっかり。結婚相手が不気味だし、雲青は彼女に恋なんかしていないのだから。責任上とはいえ、なんだかいい加減な男だなあ。

コミカルなやりとり、美しい映像、音楽の音色、昔懐かしい爆破シーンなど、色々な見せ場を作りながら、物語は進行する。
楽娘の母親、王夫人の一挙手一投足が面白い。どぎついメイクの楽娘と、お多福みたいな母親は、似ても似つかない“迷コンビ”。これに腰抜け書生が加われば、お笑いトリオだ。笑いを取るつもりなどないのだろうが、笑ってしまった。

ドタバタ劇の一方で、自然を映し出した映像は目に鮮やか。カマキリが葉の上を伝う様子、蓮の葉が日の光を受け輝くところ、また木々の緑や山の尾根など、動植物のドキュメンタリーを見るようだった。

物語も半ばを過ぎたあたりで、ようやくヒロインが登場。酒店の娘を演じるシルビア・チャンが実にかわいい。健気で賢くて、ぼんくら書生を一途に案じるのだ。雲青は彼女に目を奪われるが、すでに結婚している身。さあ、ここから二人の道ならぬ恋が始まるのか、と思いきや、そういう展開にはならない。雲青自身に情熱的な恋の気配がないからだと思う。この書生、主人公でありながら没個性なのが不思議。

妖怪、道士の戦いは、太鼓、シンバル合戦となり、耳にうるさい。早く終わってくれ~というこちらの気持ちを感じているのかのように、彼らは耳をギュッとふさぐ。妖怪たちは、苦手なものを投げられると、シュワシュワ~と没してしまう。これでもう出てこないよね、と確信できるとホッとした。子どもの頃は怪獣モノを見てよくそう思ったものだ。

ラストは、序盤の一場面から十分に予想できる展開だったが、なんだか物足りない。今までのアレはなんだったんだ~?と、思わず問いたくなった。(でも答えは一つしかないのよね…)妖怪ものだけどほのぼのとして、いつか忘れてしまいそうなお話である。

マシンガン・プリーチャー

20120219

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2011年/アメリカ/2時間9分(劇場で鑑賞)
監 督  マーク・フォースター
原 題  Machine Gun Preacher
出 演  ジェラルド・バトラー  ミシェル・モナハン
     マイケル・シャノン  スレイマン・スイ・サヴァネ
     キャシー・ベイカー  マデリーン・キャロル

<あらすじ>(ラストに関するネタバレを含みます。)
1990年代初めの頃。サム・チルダース(ジェラルド・バトラー)は麻薬やアルコールに溺れ、荒んだ生活をおくっていた。しかし信仰を持つ妻子と共に赴いた教会で洗礼を受けたことが転機となり、地道に働くようになる。あるとき、サムは教会で聞いたウガンダの牧師の講話に動かされ、北部ウガンダで建設のボランティアに参加。ここで出会ったスーダン人民解放軍の兵士デン(スレイマン・スイ・サヴァネ)の案内で、スーダンの難民キャンプに赴く。神の抵抗軍(LRA)の残虐さに慄然としたサムは、帰国後故郷のペンシルバニアに教会を設立、次いでスーダンでの孤児院設立に奮闘する。

<感想など>
サム・チルダース氏の実話に基づいた物語である。
それ以外は何の予備知識もなく鑑賞に突入、最初のシーンの残虐さや、ガンを振り回す主人公の異様さに、観る作品を間違えたかと思ったほどだ。

まず前半で驚いたのがサムの改心だった。彼は殺人を犯したと思い、罪の意識に苛まされる。サムに傷つけられた男は実際には病院に収容され命は助かったが、サムの苦しみは続く。そんな中で家族の働きかけや牧師の言葉に突き動かされるように洗礼を受け、以後は家族のために懸命に働く。この180度ともいえる転換がかなり唐突に見えたが、実際には画面で見るよりも時間を要しているのだろう。信仰の持つ意味について考えさせられる展開でもあった。

次に、アフリカでの長期紛争についても驚愕の連続だった。台詞の言葉に、知らないことが多すぎて、理解に苦しむのである。後で調べてみても理解が及ばないことに愕然。

サムがデンに案内された難民収容所には、神の抵抗軍(LRA)の襲撃で重傷を負った人々がひっきりなしに運び込まれてくる。LRAとは、コンゴ、ウガンダ北部、南スーダン一部地域で活動している、ウガンダの反政府武装勢力のこと。現実を目の当たりにしたサムは、自分にできることはないかと思案する。
帰国したサムの変化を、家族は喜ぶ。教会を設立したサムを、周りの人たちも心から敬服する。けれども、サムの行動はとどまることを知らず、そのために故郷では家族崩壊の危機、スーダンでは命の危機や孤立化にまで発展。

ペンシルベニアでは、豊かであること自体に疑問を投げかけ、ついには私財を手放すまでに。ここでは遠いアフリカに想いを馳せる。
スーダンでは大勢の子供たちを守るためにLRAの少年兵を射殺。信仰と行動の矛盾とに苛まされる。そんなときウィリアム少年の衝撃告白が彼の心を救い、遠くにいる家族に想いを馳せる。
アメリカ、アフリカの両方に根を下ろしていく主人公の心が、こちらにも伝わってくる。

武装勢力に対しては武装もやむを得ないという考えが、反発を招いているのも確かだ。最後の「誘拐された子供を自分が取り戻すと言ったらあなたは何と答えるか?(略)」という問いかけからは、チルダース氏の苦しい胸中もうかがえる。

エンドロールにはチルダース氏ご本人や家族も登場、あらためてこれが実話なのだと思わせる一場面だった。プログラムには、チルダース氏と彼を演じたジェラルド・バトラーの並んだ写真が載っており、どことなく風貌が似ている。思い返せば、ジェラルド・バトラーの演技は、何かにとりつかれたかのように見えるときがあった。今なお活動している人を演じるプレッシャーは相当なものだろうが、これを乗り越える、というよりは自分の血肉にしてしまった、と表現した方が適切かもしれない。

最後、人間をここまで突き動かす力は何なのかと考えると、もう一度最初の展開が時系列に浮かんでくるのだった。

レイトオータム

20120213

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2010年/韓国・香港・アメリカ/1時間53分(劇場で鑑賞)
監 督  キム・テヨン
英 題  Late Autumn
出 演  ヒョンビン  湯 唯(タン・ウェイ)
     キム・ジュンソン  キム・ソラ

<あらすじ>
アンナ(湯唯)は夫を殺害した罪で服役中の模範囚。収監から7年たったある日、母の訃報を受け、72時間の制限つきで葬儀参列目的の外出が許可される。故郷シアトル行きのバスに乗車早々、彼女は韓国人のフンと名乗る男(ヒョンビン)にバス代の一部を貸す羽目に。フンは、女性を楽しませて金銭を得る「エスコート・サービス」をしており、相手女性(キム・ソラ)の夫に追われる身だった。
実家に着いたアンナは、兄弟、親戚が迎えてくれたが孤独感は免れない。買い物に出ても心から楽しむことはできない。そんな中、街角でフンと再会する。

<感想など>
イ・マニ監督作品『晩秋』(1966年:フィルムは残っていない)のリメイク作品。オリジナル作品は舞台を変え何度かリメイクされているというが観たことはない。

気持ちがズーンと落ち込んでしまうような暗いスタート。バスに乗り込んだ男の軽薄さも不快。このままの雰囲気だったらやりきれないと思ったが、どんどんのめりこんでしまった。

主演二人の演技や、一つ一つの演出が細やかだからだろう。
湯唯演じるアンナは、魅力をすべて削ぎ落としたかのよう。でも無表情の中に時折光る眼が美しい。例えば、ピアスの跡をさすっているのを、フンから「掻いてはダメだ」と指摘された時の表情。また、フンが「好(ハオ:よい)」「坏(ホァイ:悪い)」と言った時のかすかな反応。一瞬の動作に惹かれた。

一方の、ヒョンビン演じるフンは、アメリカ人の夫がいる韓国人女性を金づるにして、綱渡りのようなことをやっている。前半ではちゃらちゃらした態度や、しつこさ、その風貌に到るまですべてが気に食わなかったが、本気モードに入ったあたりからこちらの気持ちも変わった。最初のうちはからかい半分だった目つきが、やがて本当に相手の望みを知りたい、叶えたい、という優しさと鋭さの交差する眼差しとなる。暗い面持ちの彼女の手をとるフン。ビジネスを度外視した、彼の想いがつまったエスコートだった。

フンのさらなる気持ちの変化には、アンナの初恋の相手であるワンジン(キム・ジュンソン)の存在が大きい。
彼は結婚後のアンナに駆け落ちを持ちかける。これを知った夫がアンナに暴力をふるう。その夫をアンナは誤って死なせてしまう。この件に深く関わっているワンジンだが、アンナの収監中に彼は別の女性と結婚。アンナはこの経緯を中国語でフンに話す。二人の会話は英語でしか成立しない設定で、彼がそれをすべて理解しているとは考えられない。

ワンジンが今なおアンナに未練を持っている様子、アンナの方も心を引きずっている様子は、観ていて非常にもどかしい。(こんな奴、早く忘れちまえ!)そういう気持ちを晴らしてくれるかのように、フンはワンジンに掴みかかる。

彼はアンナのことを、どのくらいわかっているのだろう。
(ここにいる誰よりもわかっている?)
彼は本当に中国語がわからないのだろうか。
(わかっているんじゃないかと、一瞬思った。)
彼の豹変ぶりには見とれてしまった。もう最初の印象はない。人生のほとんどを芝居で固めてきたような男が素になったとき、果たしてどんな結果が待っているのだろう。

終盤については、ここでは控えよう。
日本のリメイク版は『約束』。これが果たされる時は来るのだろうか。

「余韻」がテーマのマイベストなら、間違いなく十指に入る作品。

ラスト・ヒーロー・イン・チャイナ/烈火風雲

20120211

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1993年/香港/1時間46分(レンタルDVD)
監 督  王 晶(バリー・ウォン)
原 題  黄飛鴻之鐵鶏鬥蜈蚣
英 題  LAST HERO IN CHINA
出 演  李連杰(リー・リンチェイ:ジェット・リー) 張 敏(チョン・マン)
     梁家仁(レオン・カーヤン) 張衛健(ディッキー・チョン)
     陳伯詳(ナット・チャン) 袁詠儀(アニタ・ユン)
     徐忠信(アラン・ツィ) 劉家輝(リユー・チャーフィー)

<あらすじ>
清朝末期。黄飛鴻(李連杰)は広州に到着早々、弟子のフウ(梁家仁)とソウ(張衛健)に、「寶芝林」に適する物件を借りるよう命じる。しかしそこが娼館の隣だったので、風紀の乱れを心配した飛鴻は弟子たちの外出を制限する。娼館を経営するウォン(陳伯詳)は飛鴻への弟子入りを強く希望するが、飛鴻は承知しない。そんな中、飛鴻は高官(徐忠信)の招きに応じるが、彼の態度に不穏な空気を感じる。ある晩娼館に、大道芸を披露していたエマ(張敏)が逃げ込んできた。妹を救うため父と能仁寺へ行ったが父が捕えられたという。ウォンは妹のガウ(袁詠儀)らと寺に乗り込む。

<感想など>
李連杰主演のワンチャイシリーズの番外編という位置づけらしい。あの一連のシリーズに比べると娯楽的要素が満載で、歴史的描写やストーリー展開は二の次に見えた。おなじみの主題歌『男兒當自強』は、娼婦たちがお色気たっぷりの替歌にしてしまっているし、弟子たちもふざけ過ぎ。外国人の印象も強くない。そうしたゆるい雰囲気だからか、お気楽な鑑賞となった。でもアクションシーンではピリッとする。

黄飛鴻対「義和拳」の悪者という、明確な勧善懲悪は、非常に分かりやすかった。闘いの場面はそれぞれが見所である。
了空真人(劉家輝)と黄飛鴻とのガチ対決には目が釘付け!了空真人は悪の権化だが、途中でぷつっといなくなってしまい、中途半端な感が残る。実は徐忠信演じる高官と混同してしまった。最後に闘ったのが高官のルイフェイ。真っ赤なランタンの中で不気味な笑いを放つのが了空真人。彼には最後までいてほしかった。

飛鴻は弟子がお茶に混ぜた薬のせいで耳が聞こえなくなるが、エマの父のおかげですっかりよくなる。耳の完治を知らないエマは、飛鴻の耳元で愛の言葉をささやく。飛鴻は聞えないふりをしてにんまり。飛鴻、あなたには“叔母さん”がいるでしょ?彼女を本気にさせたら罪だよ~と、観ている私は一人ぶつぶつ…。

さて飛鴻は、ここで飼われている鶏がムカデを捕まえる姿から、鶏拳なる武術を発見、あのムカデに対抗するのだ。
鶏の被り物に、センターグリップ式の円盾、つま先には金属製の爪、という飛鴻の格好が、何とも奇妙。なんだか学芸会みたいだな。一方のムカデはよくできていて、大勢の足並みがそろっているのが素晴らしい。前の闘いで敗れた飛鴻としては落とせない対決だが、見た感じムカデの方がずっと強そう。けれどもムカデの甲羅(?)は意外と脆くて、鶏の爪先でビリビリと破れてしまう。何本もの刃も、鋭い足爪で折られてしまう。この「鐵鶏」と「蜈蚣」の闘いは、対決というより、見せ物の要素が強い。でもなぜか、手に汗を握ってしまう。

最後は飛鴻とルイ・フェイが、白熱した戦いを見せてくれる。爪を傷つけられて危うし!という場面。切り札として繰り出した酔拳の、強いこと!前から思っていたのだが、ゆるゆるに見える酔拳に、なぜこんなに威力があるんだろう。そういえば、酒に酔った勢いで髪に墨をつけて書いた書法が傑作になった、なんていう書家(張旭)のエピソードがあったっけ。緩急の差が大きくなって相手を惑わせるのだろうか。

かっこいい飛鴻とビミョーな飛鴻が同居しているが、どちらかというと後者の印象が残る作品だった。

黄色い星の子供たち

20120208

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2010年/フランス・ドイツ・ハンガリー/2時間5分(レンタルDVD)
監 督  ローズ・ボッシュ
原 題  La Rafle
英 題  The Round Up
出 演  メラニー・ロラン  ジャン・レノ
     ガド・エルマレ  ラファエル・アゴゲ
     ユーゴ・ルヴェル  オリヴィエ・シヴィ
        
<あらすじ>
1942年のフランス。ユダヤ人のジョー(ユーゴ・ルヴェル)は両親(ガド・エルマレ、ラファエル・アゴゲ)、2人の姉と共にアパートでつつましく暮らしていた。近所に住むシモン(オリヴィエ・シヴィ)や彼の弟ノノと毎日元気に遊ぶ一方、勉強も頑張り、充実した日々を過ごしていた。しかしある日突然警察により、彼らを含む1万3000人ものユダヤ人が一斉検挙される(ヴェル・ディブ事件)。ジョーたちが移送された冬季競技場の環境は劣悪で、ユダヤ人医師、シェインバウム(ジャン・レノ)や赤十字から派遣された看護師アネット(メラニー・ロラン)が病人の治療にあたったが、死者は増える一方だった。彼らにはさらに過酷な運命が待っていた。

<感想など>
「黄色い星」とはユダヤ人がつけることを強制された星型ワッペンのこと。様々な施設への出入りを規制するための印だときくと暗澹たる気持ちになる。しかし冒頭の「黄色い星」をつけた子供たちに、暗さは微塵もない。ジョーの父親は、むしろユダヤ人であることを隠さない方が身のためだと言う。他国で辛酸をなめた彼からみれば、フランスは人権の国であり、身の危険はないと信じているのだ。ところがそのフランスに、彼らは裏切られることとなる。

第二次世界大戦中の一時期、フランスがナチスの支配下にあったのは知っていたが、フランス(ヴィシー政権)がユダヤ人を検挙したことは全く知らなかった。フランス政府がこの事実を認めたのが1995年で、それまではナチスドイツによる迫害だととらえられていたという。元ジャーナリストの監督が3年の月日をかけて準備したというだけあって、説得力のある映像が続く。

彼らが生活していたコミュニティでは、民族の別なく自然なご近所づきあいが行われていた。ユダヤ人に対する規制が厳しくなっていくと、そのコミュニティが崩れ出し、彼らと親しくしているフランス人もまた、憤りを露わにする。この時代、政権を執る者ではなく、庶民の方が人権に対して敏感だったのは、当然と言えば当然か。危険と知りながら検挙を知らせた人々の勇気にも、頭が下がる。

物語の核にはその「勇気」がある。
看護師のアネットや、自らも検挙されている医師、シェインバウムは、いずれも献身的だ。生来の正義感や人道的な考えに加え、互いの存在が、行動力の源泉になっているようにも見えた。特に、アネットは自分のやつれた姿を知事に見せて、食料の増量を嘆願したり、高熱にもかかわらず子供たちの世話をしたりする。
また、最初の検挙を逃れた少女は、家族への差し入れを強制収容所の有刺鉄線越しに渡す。
ジョーの母は、息子に「何があっても生きろ」と身体を張って言う。ジョーは母の「遺言」を実行に移す。

前半ではやんちゃな姿が印象的だったジョーも、物語が進むにつれ表情に翳りが見え始める。強制収容所の監視員に対する眼は怒りに燃え、理不尽に憤然とする姿がりりしく映る。脱走を決意して、親友と別れる場面では、その親友シモンのジョーに向かって弱々しく振る手のひらが、いつまでも頭の中でひらひらして、やりきれない思いだった。

もっと切ないのは、猛然とダッシュするノノの姿。母親の死を知らない彼は、いい子にしていれば母親に会えると信じ、強制収容所から移送されるトラックに向け、一番乗りで駆けつける。けれども出発の時に、心のよりどころであるアネットの姿がない。再会したのは終戦後だったが、その時の彼は言葉も表情も失ってしまったかのようだった。

ジョー少年は実在の人物。昨年、そのジョセフ・ヴァイスマン氏(80歳)が来日し、若者を前に体験を話す場もあったとのこと。過去の過ちを伝える役目が、若い人々の間に広がっていくことが大事なのだと思う。と言う自分も戦争を知らない世代。ヴァイスマン氏と同年代の母が、昔まだ子供だった私に戦時中の苦労を話したことがあったが、私の方は「またか」という感じで真剣に聞いていなかった。今度ちゃんとききに行こう。

宇宙人ポール

20120206

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2010年/アメリカ・イギリス/1時間44分(劇場で鑑賞)
監 督  グレッグ・モットーラ
原 題  PAUL
脚 本  サイモン・ペッグ  ニック・フロスト
出 演  サイモン・ペッグ  ニック・フロスト
     ジェイソン・ベイトマン  クリステン・ウィグ
     ビル・ヘイダー  ブライス・ダナー
     ジョン・キャロル・リンチ  シガニー・ウィーヴァー
     セス・ローゲン(声)

<あらすじ>
イギリス人グレアム(サイモン・ペッグ)とクライヴ(ニック・フロスト)は大のSF好き。彼らはアメリカを訪れ“コミコン”に参加した後、RV車でUFOスポットを巡る旅に出る。ちょうどネバダ州のエリア51付近を走行していたときのこと。事故がきっかけで、彼らは“ポール”(声:セス・ローゲン)と名乗る宇宙人と遭遇する。ポールは長年政府に拘束されていたが、命の危機にさらされ逃亡中だった。グレアムとクライヴは、ポールを故郷に返そうと決心する。

<感想など>
様々なSF作品ネタがちりばめてあるというが、観たことがあるのは『E・T』や『スター・ウォーズ』、『未知との遭遇』くらいか。(でもかなり忘れている…)ネタ元を知っていれば楽しさ倍増、といったところだろうが、知らなくても十分楽しめる作品だ。

主人公二人のSFに対する熱中度は相当なもの。しかも警官二人組までオタクだとは、意外や意外。「オタク」というのは、熱中する人たちを冷ややかな目で評した言葉に聞こえるが、その中には羨ましい気持ちも入っている気がする。

そんな彼らにとって、宇宙人との遭遇は喜ばしいことに違いないが、クライヴは見たとたんに卒倒する。やっぱり心底信じている人はそう多くはあるまい。そんな中、一人だけ驚かなかった者がいた。あの少年はなぜ平気だったのだろう。彼は何者なのか。それも何かのネタなのかもしれない。

ポールが人間よりも人間的な宇宙人に見えることがあった。
例えば、グレアムが恋に落ちた時、ポールはクライヴの気持ちに寄り添って、心のケアをする。知識として知っていた事柄を、次々と実践していくポールは、実に楽しそうだ。彼らの団欒が自然になっていくように、こちらもポールの容貌に違和感がなくなっていく。

さて、ポールは60年前初めて会った人と再会する。彼女はポールと会ったがために人生を捨てたようなことを言っていたが、自分の土地で大麻を栽培していたようだ。これは何を意味しているのだろう。そして彼女だけが地球を去っていく。宇宙で人生をやり直すとか?この意味もぜひ知りたい。

劇場では時折大きな笑いが起きていた。観客はわずか十数人。くすくすという笑いはしょっちゅうだ。こんなに笑ってばかりでは、「笑いどころ」はないも同然。

よく行く劇場の「“自称宇宙人”を含めた3人以上で1人1000円」という企画に乗るつもりでいた。しかしあと2人探せなかったのと、機を逃したことで、別の劇場での鑑賞となった。“自称宇宙人”なら自分だって申告できるわ~(笑)

これを機にネタ元の映画を鑑賞してみたくなった。

アジョシ

20120204

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2011年/韓国/1時間59分(レンタルDVD)
監 督  イ・ジョンボム
出 演  ウォンビン キム・セロン キム・ヒウォン
     ソン・ヨンチャン キム・テフン キム・ソンオ
     タナヨン・グォングトラクル

<あらすじ>
テシク(ウォンビン)は古びたビルの一室で質屋を営んでいる。ほとんど客のないその店には、隣室に住む少女、ソミ(キム・セロン)がよく遊びに来る。クラブダンサーの母親が不在がちで、友人も少ない彼女にとって、テシクと一緒の時間は心の安らぐ一時である。ある日テシクは路上でソミが警官たちに囲まれているところに遭遇する。男の子のカバンを盗もうとしたというのだ。彼女はテシクを見つけ「パパ」と呼ぶが、テシクはそのまま立ち去る。その夜、ソミは母親と共にトラブルに巻き込まれ拉致されてしまう。

<感想など>(ラストに関するネタバレを含みます。)
ウォンビン、キム・セロンというキャスト名を見ただけで借りてしまったが、観始めて大変なことになった…と、少し青ざめた。

とにかく物凄いバイオレンス。知っていたら借りなかっただろううが、終わった今は観てよかったと思っている。凄惨なシーンも、検討を重ねた末の撮影であることをメイキング映像で知り、もう一度観た。トイレの中でのウォンビン、タナヨン・グォングトラクルの対決は特に手に汗握る迫真のシーン。二人とも眼が凄い。隙がない。数か月のトレーニングを積んだというウォンビンの腹筋には、何本もの線が刻まれていた。スタッフが全身全霊を傾けて制作したというシーンは、その苦労の賜物とも思えた。

子どもにさえ容赦のない、凄絶な内容である。麻薬密売の裏に隠された、臓器売買が物語の中心だ。悪者たちはとことん悪く、マンソク兄弟(キム・ヒウォン、キム・ソンオ)や、オ社長(ソン・ヨンチャン)らの悪を貫く姿には胸がむうっとしてきた。そんな彼らもテシクの敵ではない。実は、血が飛び散ったり凶器がぎらつくシーンよりも、悪者が恐れおののく姿の方がずっと怖かった。死を前にして見開かれた眼と、断末魔の悲鳴は、観る者に向けられた凶器である。

時系列がばらばらなので、最初のうち物語の流れやテシクの背景がわからない。やがてテシクの能力が並みでないことがわかってくると、あの『レオン』が脳裏に浮かんだ。するとテシクは死ぬ運命にあるのでは?と思えてくる。でもそれでは『レオン』と全く同じだからそうはならないだろう、ならば…などと、勝手にラストを想像していた。さて、テシクとソミは再会できるのだろうか…。

ソミは、身体を張って守ってくれたこの男を、生涯忘れることはないだろう。まだ小学校低学年だが、これからテシク以外に、彼女の眼中に入るような男性が、果たして現れるだろうか。「一人で生きろ」という彼の言葉を、彼女は一生背負い続けるのだと思う。テシクの腕の中に跳び込んで行くソミ。しっかり抱き合う二人を見ているうちに涙がつ~っと落ちてくる。
凄惨な場面を耐えてほんとうによかった。(笑)
そして今度はキム・セロンの満面の笑みが見たい。

上海ブルース

20120201

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1984年/香港/1時間39分(レンタルDVD)
監 督  徐 克(ツイ・ハーク)
原 題  上海之夜
英 題  Shanghai Blues
出 演  鐘鎮濤(ケニー・ビー) 張艾嘉(シルビア・チャン)
     葉倩文(サリー・イップ) 李麗珍(ロレッタ・リー)
     成奎安(シン・フイオン) 田 青(ティン・チン)

<あらすじ>
1937年、日中戦争さなかの上海。空襲を逃れようと橋の下に逃げ込んだドレミ(鐘鎮濤)とシュウ(張艾嘉)はたちまち恋に落ちる。二人は10年後の再会を約束するが、互いに名前も顔もわからないまま別れてしまう。10年後。ナイトクラブの歌手シュウは、ハプニングから、スリの被害に遭った女性(葉倩文)をアパートの自室に住まわせることに。その日階上に引っ越してきたのは、何とドレミだった。二人は今も10年前の相手を探し続けているのだが、お互い近くにいることに気づかない。

<感想など>
日本で戦後大ヒットしたラジオドラマ『君の名は』をネタにしたという作品。かつて朝の連続TV小説で観たリメイク版には、どよ~んとした湿っぽさが漂い、朝から気が滅入ってしまった。でも本作なら楽しい一日が始まりそう♪ すれ違いが何度となく繰り広げられ、もうこのまま会えない(判明しない)のでは?とあきらめかけていた終了間際、瞬く間のゴールインだった。短い時間にできるだけたくさんのドタバタを詰め込んだ、という感じだ。

物語を牽引するのは、道化役者のドレミ、歌手のシュウ、そして居候の“踏み台”の三人。“踏み台”とは、シャワーを浴びているドレミを覗き見したシュウの“踏み台”になったことからついたあだ名なのだが、本名は最後まで出てこない。彼女にこそ「君の名は?」とききたいところだ。

三人の動きは目まぐるしい。
シュウは夜の上海で逞しく生きる女性である。10年前の約束の場所に行ってみたら、一人の女性が川に身投げしようとしていると思い込み、止めようとしたら自分が川に落ちてしまう。結局その女性に助けられるが、彼女が無一文だときいて面倒を見る羽目になる。きつそうに見えるシュウだが、実にお人好しで情が深い。演じる張艾嘉はほんとに可愛い。破れたドレスを着て踊ったり、泡風呂の中で踊りと歌を披露したりと、殿方の喜びそうなシーンの多いこと、多いこと。

一方の“踏み台”は、ハプニングを利用して相手の隙間に入り込んでしまう、ちゃっかり娘。スリの被害者だが、可哀想な感じがしない。動きが機敏で、いつもハイテンションな彼女には、観ているだけなのについていくのに息切れしそうだ。シュウにとってはお邪魔虫そのもので、しかも恋敵。でもだんだんお互いにかけがえのない存在となっていく。

ドレミは正義感にあふれた好青年。困っている人を見ると反射的に助けようとするところなど、見ていて頼もしいのだが、生来の不器用さで相当損をしていると思う。

“踏み台”さえいなければドレミとシュウはもっと早くゴールインできたはず。でも“踏み台”がいたからこそ、再会の感動もひとしおだったと言えるだろう。“踏み台”のおかげですっかりコメディアン、コメディエンヌになってしまった二人。最初から最後まで、笑いが止まらない『君の名は』だった。

プロフィール

孔雀の森

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

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