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ドラゴンキーパー ~月下の翡翠龍

20110106

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著 者:キャロル・ウィルキンソン
原 題:DRAGON MOON
訳 者:もき かずこ
刊行年:2009年11月
出版社:金の星社

<内容・あらすじ>
「ドラゴンキーパー」シリーズの完結編。
ピンとカイは、ヤンシン姫の嫁ぎ先、燕国の北白城で平穏な日々を過ごしていた。しかしピンは老龍ロン・ダンザの願いどおり、カイを龍の楽園へ連れて行く決心をする。ピンはネズミのフアから託された絹布と八卦見から贈られた変化の書を胸に、カイと旅立つ。途中行き倒れになったリュウチャと再会。彼はピンとカイを傷つけたことを謝り、ピンにプロポーズするが、彼女はその申し出を断る。立ち寄った村では雨降りを望む人々から龍の到来を歓迎される。万里の長城では衛士に捕まるが蛮族に助けられる。ジュンとも再会。こうして旅を続けるうちに、「鈴音の村」で耳目の不自由な老人、ラオ・ロンザと出会う。彼は昔、ロン・ダンザの龍守り〈ドラゴンキーパー〉だった。

<感想など>
前2巻の血なまぐさい表現はなく、今回はかつての死闘を振り返りながら成長していくピンの姿が楽しめる。その意味では前作の感想で書いた予想がことごとく外れたことになる。

死霊使い〈ネクロマンサー〉はどうやら前回葬られたらしい。最期がはっきりと書かれていないのでまたくるか、とラストまで息を抜けなかった。ヤツはおぞましい存在だが、こんなにすっきりいなくなるのも拍子抜けだ。リュウチャの描き方も予想外だった。はじめは溌剌とした好青年だったのに今回はみじめな姿でピンと再会。ピンとカイが蛮族(匈奴か?)に助けられる展開や、漢の宮廷がどちらかというと悪者扱いになっているところに、グローバルな視点を感じた。中国的な雰囲気を感じないのは、こうした意外性にもあるのかもしれない。

今回興味深いのは同音異字の謎ときである。龍の楽園へ導くための絹布には、地図上に「龍悼渓〈ロンタオシー〉」「曲龍翔〈チュイロンシャン〉」「夜龍谷〈イエロンクゥ〉」の文字が記されている。「悼渓」は「到西」、「曲」は「去」、「龍翔」は「瓏郷」、「龍」は「聾」など、同音異字を推測して進んでいく。ピンインが次々と頭に浮かんでくる。

もう一つ重要なアイテムが、絹布の地図の反対面に描かれた七巧図(タングラム)。正方形の布が直線で三角形、四角形に区切られて、その内側に漢字がいくつか書かれている。この図形を型にとって7つに切り分け、並べ替えるとどうなるか。登場人物と一緒に謎解きに参加するのも楽しい。

物語の後半は龍の楽園での出来事である。私は、龍というよりも恐竜のイメージを強く感じた。一番老いた龍でも2千歳。想像もつかない寿命である。今現在カイは存命しているかもしれないと想像が膨らむ。人間の手で龍が傷つけられたことを恨むヘイレイの言葉が、現在の環境破壊に対する示唆にも受け取れた。虚実現実が入り混じった光景に不思議感覚を掻き立てられる。

ラストはやはりこうでなければ、という展開。お正月にふさわしいきれいな終わり方で、何度読んでもいい。今までファンタジーを子供だましと思うこともあったが、これはそんな先入観を払拭させてくれる物語である。幸先のいいスタートを切った気分になった。

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ドラゴンキーパー ~紫の幼龍

20101218

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著 者:キャロル・ウィルキンソン
原 題:Garden of the Purple Dragon
訳 者:もき かずこ
刊行年:2009年1月
出版社:金の星社

<あらすじ>
『ドラゴンキーパー ~最後の宮廷龍』の続編。
老龍ロン・ダンザがピンに託した幼龍の名はロン・カイデュアン、通称カイ。ピンはやんちゃなカイに振り回されっぱなしだが充実した日々を送っていた。ところが死霊使い〈ネクロマンサー〉の存在を感じとり住処を離れる。その後、衛士たちに捕えられ陽明宮へ。ピンは皇帝リュウチャから再び龍守り〈ドラゴンキーパー〉の任を与えられ、カイには世話係がつく。やがて、代々龍守り〈ドラゴンキーパー〉を出すユイ家の少年ジュンが、龍守りの資格を持っていると判明。カイがジュンに懐くのを見て、ピンは嫉妬心をおぼえる。

<感想など>
前回は物語の映像化に興味をもったが、今回はその考えを却下したい。相当グロい光景が想像できるからだ。幼龍に血を飲ませるために女の子が自分の腕を切り裂くなんて、卒倒しそうだ。さらに凄惨な場面も続出。こんなはずじゃなかった感を抱く。

とはいっても、先が気になってどんどん読んでしまうのも事実。12歳のピンが懸命に育児をして、時には死霊使いと命を懸けた闘いをする姿は、健気としか言いようがない。過酷な経験を積んでいくうちに彼女は〈気〉を上手に使えるようになる。ピンの成長物語として読んでいくと、次の展開が待ち遠しくなる。

舞台は中国だが、西洋のスパイスがミックスした不思議な味がする。例えば死霊使い〈ネクロマンサー〉や、呪術士ドン・ファン・スオの容貌は、東洋的な感覚から遠いような気がする。〈ドラゴンキーパー〉〈ネクロマンサー〉といった横文字にも違和感がある。

けれども、登場人物名は中国語発音で表記され、元の漢字が想像できて興味深かった。ヤンシン姫がピンに漢字を教える場面では、「ピン」が「萍」、「カイ」が「開」とわかって納得。ではネズミの「フア」や「ヤンシン」、「ジュン」、「ダンザ」は、どんな漢字で表されるのだろう。英語はわからないが原文の表記が気になる。分かっているのは「ロン」は「龍」、「リュウチャ」は「劉徹」ということだ。

物語の背景となる自然、建造物、日用品、衣類、家具調度類は、極めて中国的である。その描写はとても詳細だ。おそらく作者、訳者は相当資料を調べたのだろう。そのことは訳者の後書きでも述べられている。一方、描かれる動物や人間には西洋的な面を感じる。東洋的な空気に包まれた西洋の心。面白い世界だ。

さて物語はこの後どうなるのだろう。
ピンはいつも死霊使い〈ネクロマンサー〉と死闘を繰り広げて「やっつけた」ことになっている。ところがヤツは思いがけないときにまた現れる。とどめを刺さないところにはイライラするが、ヤツが死んでしまったら物語も終わらざるを得ないんだろうな。

リュウチャは不老不死の考えに取りつかれているが、いつになったらまともな政務をとるようになるのだろう。かっこいいお人かと思っていたが、意外に軟弱でがっかり。そんな彼よりも凛としているのが姉のヤンシン姫。お国のため、遠いところに嫁いでいくのだ。

いつもピンの危機を救うのがネズミのフア。今回蓬莱島でパワーアップして戻ってきた。ピンの懐に入り込む彼の存在は気になるところだ。そのうち「王子様にヘンシ~ン」したりして。(笑)

ともかく次の第3巻が最終巻。どんな結末を迎えるのか早く知りたい!!

ドラゴンキーパー ~最後の宮廷龍

20101215

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著 者:キャロル・ウィルキンソン
原 題:Dragonkeeper
訳 者:もき かずこ
刊行年:2006年9月
出版社:金の星社

<あらすじ>
中国前漢の時代。少女は龍守り〈ドラゴンキーパー〉に仕える奴隷だったが、老龍のロン・ダンザとネズミのフアとともに脱出、大事な玉を守りながら長い旅に出る。彼女は自分の名を知らなかったが、ダンザから実の名が「ピン」であることをきき、さらに<気>の使い方を習う。龍狩り〈ドラゴンハンター〉のディアオの攻撃をかわし、長安の薬草学者ワン・ツァオの世話になり、女船頭ジャンビンの船に乗り、ピンはいろいろな経験を積んでいく。そんな中、ピン一行は偶然、若き皇帝リュウチャと出会う。

<感想など>
ファンタジーには苦手意識があった。登場人物名が覚えられず、情景が思い浮かばず、読んだそばから忘れることが多かったからだ。でも今回の舞台は中国で、人物名が欧米の物語よりも覚えやすく、土地も風俗も思い描くことができた。大きな文字と平易な言い回しも手伝って、最後まで一気に駆け抜けた。

訳者が後書きで述べているように、史実に忠実な部分、創作の部分があり、そのバランスのよさが楽しめる作品になっていると思う。若き皇帝リュウチャは劉徹、後の武帝で、先日のドラマで主役を演じた黄暁明が重なった。長安や黄河、泰山といった名所旧跡を、少女と一緒に旅をしている気分になってわくわくする。

ピンは心にダンザの言葉を感じて話す。この能力はドラゴンキーパーとしての資質の一つだ。11歳のピンの可能性は、時間の推移とともにどんどん広がっていく。彼女は奴隷としての扱いに甘んじていたが、それがいかに非人道的なものであるかを、ダンザを通して知っていく。それは主題のひとつと言えるだろう。

ダンザの秘密も明らかになっていく。彼はなぜ玉を大事にするのか。その疑問が物語をけん引する。また最初ダンザに嫌われていたフアは、ダンザの耳に入り込んだムカデを取った時から、かけがえのない存在になる。こうしてピン、ダンザ、フア三者のきずなが深まっていく過程には胸が躍る。

映像化したら迫力ある画面になりそうだ。ピンがダンザに乗って飛翔する場面はスリル満点のようで3Dだったら一層楽しめそう。また、ピンが気持ち悪いと言うダンザ変身の瞬間は、グニャリとした映像が想像できる。作者の脳裏に浮かぶ映像をそのまま文字に起こした、という感じだ。

蓬莱島へ渡ったダンザとフアはどうなるのか。
ピンはちゃんと幼龍を育てられるのか。
リュウチャは敵になってしまうのか。(彼とのロマンスは?)
次回が待ち遠しいラストだった。

大地(下)~第三部 分散した家

20101123

著 者:パール・バック
原 題:A House Divided (1935年著)
訳 者:佐藤亮一
刊行年:1971年6月
出版社:旺文社文庫(特製版)

<あらすじ>
1920年代、軍閥戦争、革命闘争が繰り広げられている中国。王虎の息子、王元(ワン・ユワン)は士官学校に行っていたが戦争に疑問を持ち帰郷。祖父の住んでいた家で自由に過ごすうちに、周囲の冷たい視線に気づく。やがて彼は上海に住む義母(父のもう一人の妻)と腹違いの妹愛蘭と暮らすようになり、華やかな世界を知る。そんなとき、革命を叫ぶいとこの孟(メン)の仲間に入ったことから逮捕される。しかし義母や父の尽力で釈放され、密かに乗船。到着した先はアメリカだった。彼は6年間この地で学ぶ。

<感想など>
小説で魅力的な登場人物に出会うと、よく演じる俳優を思い浮かべるのだが、今回は想像が及ばなかった。主人公王元の顔かたちから性格、考え方、行動、五感にいたるまで、その描写は精緻を極め、元その人以外に誰も考えられなかったからだ。父、義母、愛蘭、恩師の娘メリー、片想いの相手梅琳らにも、確固とした人格が根付いているのを感じた。

こうした詳細な人間像に比べ、地域は曖昧である。元が暮らし始めた「上海」は、ただ「海岸の都会」と表現されるだけだ。広州と思われる場所も「南方」とか「言葉が全く違うところ」という表現からその地と推測した。また、元が帰国後教鞭をとっている都市もおそらく南京なのだろうが、具体的な地名は出てこない。歴史上の人物も描かれていないので、年代が把握しにくかった。

それでも、多種多様な人間、思想、年代、風景を眺めながら年表を参照するうちに、時代背景がつかめてきた。この巻は前の二巻に比べ地域が広範で華やかな色彩を帯びている。元の成長と歴史の激動が重なった。

元は自分をしっかりと持った青年である。ときにはその「自分」が強すぎて融通の利かない人間に見えてしまうこともある。妹愛蘭、いとこの盛のように、華やかな世界に流されず、いつも自分の物差しで周囲を見つめている。これは作者自身の目でもあるのだろう。渡米後の孤独、違和感も、彼独自の感覚だと思う。メリーに対する尊敬と友情、恋に至らなかった気持ちが深いところまで描かれ、彼の真剣な思い、戸惑いがうかがわれる。

一方、メリーの主張も明確だ。元をキリスト教に誘い込む両親に対し、彼女は非難眼を向ける。作者は元宣教師で、のちに、外国での伝道の必要性に疑問を持ったという。メリーの一面には作者自身が投影されているといえようか。日々語り合ってきた2人だが、元自身の違和感から両者が愛情で結ばれる道は閉ざされる。

帰国後、元は父が叔父の豪商王から多額の借金をしているのを知り、働いて返済せざるを得なくなる。結局父から離れることはできないと彼は悟る。またアメリカ人から聞かされた祖国の裏面を、彼は自分の目で見ることとなり、貧困層の実態に愕然とする。渡米前と帰国後、父と再会する前と後で、彼のものを見る目は大きく変化している。作者と元が同一人物ではないかと、錯覚しそうになった。

クライマックスは元と梅琳の恋愛シーン。父の王虎が死の床にいるときだ。軍閥の首領として跋扈していた「虎」が果てようとする夜に、ふと王龍が戻ってきたような感覚になった。一人の人間が逝こうとしているのに悲しみに包まれないのは、若い二人が未来を見つめているからかもしれない。

『大地』は、障がいのある娘の治療費を稼ぐために書いた作品とのこと。1938年にはノーベル文学賞を受賞。その対象作品である『母の肖像』『戦える使徒』も読んでみたい。

大地(中)~第二部 息子たち

20101118

著 者:パール・バック
原 題:Sons (1932年著)
訳 者:佐藤亮一
刊行年:1971年6月
出版社:旺文社文庫(特製版)

<あらすじ>
辛亥革命後の中国。王龍(ワンルン)の息子たちの物語である。長男の地主王の生活は、広大な土地から得られる収入が頼りだ。次男の豪商王は智謀を働かせて商売を広げていく。三男の王虎は軍閥の首領として領土拡大を夢見る。王虎は2人の甥を従軍させるが、地主王の息子は厳しい生活に耐えられず自殺。豪商王の息子は密偵として活躍。王虎は最初の妻の死後2人の妻を迎え、父となる。彼は特に息子を愛し、後継者として養育するが、息子は父の意に反して農業に関心を示していた。

<感想など>
大地を切り開いた王龍の姿はすでにない。王龍が中年以降に踏み込んだ快楽の道を、そのまま長男が歩んでいる感じだ。彼所有の邸宅はかつての黄家の様相を呈している。これと対照的なのが、質素だが着々と貯蓄する豪商王。この長男次男の複雑な関係と、彼らの妻同士の険悪な雰囲気には、息が詰まる思いだ。そんなドロドロした人間関係を嫌い、闘いに明け暮れる三男も、領地が自然災害で逼迫すると兄たちを頼る。兄たちも弟の武力を頼みに援助する。互いに牽制し合いながら損得勘定でつながる兄弟たち。各人の底に潜む感情が生々しい。

実質的な主人公は三男と言えよう。この巻では彼の活躍が華々しく展開する。王虎は10代の頃、父の愛妾梨花を密かに愛していたが、その気持ちが報われないのを知って家を出る。これが前巻の終盤だ。彼は仕えていた将軍を裏切り、勢力を拡大、ついに匪賊の大頭目を殺してその地を支配下に置く。そして頭目の妻と結婚。彼はその美しい妻を心から愛する。ところが彼女はある計画を胸に秘めていた。突然スクリーンを観るような感覚になり、ドキドキした。訳者が解説で語っているように、この巻はエンターテイメント性が高い。

王虎には近寄りがたい気迫と厳しさがある。それゆえ「虎」と呼ばれるのだが、そんな性格が形成された背景には大失恋があった。彼の激しすぎる感情が、人生を揺るがしたのだ。やがて女性を愛せなくなってしまった彼は、溢れるほどの愛情を息子に注ぐ。彼の才能が軍閥でしか生かされないのが惜しい。

軍閥というと武力で住民を圧迫するイメージから抵抗感が強い。しかし作者は批判眼だけで描いているわけではない。「自分は匪賊ではない」と、他の軍閥や匪賊(その境がどこにあるのかよくわからないが)と一線を画す彼の姿勢を、むしろ評価している面もうかがえる。彼が孤独を深めていく様子も細やかで、最愛の息子に思いが届かない切なさは、自業自得とはいえ胸に迫るものがあった。

持つ者と持たざる者、支配するものされる者、男と女。差別するものとされる者が鮮明に描き分けられている。著者の中立的な立場によって、状況が的確に伝わっていると思う。親子関係を通して時代の変化も明らかになり、「南の方の戦争」という表現が、不穏な空気をかきたてる。

登場人物一人一人のキャラクターが立っていて、ドラマを見ているようだった。実際本作は映像化されたようだ。最近この時代を描いた小説、映画と接する機会が多く、それぞれを関連づけて想像するのが結構楽しい。

今度、違う訳者の『大地』も読んでみたい。

大地(上)~第一部 大地

20101105

著 者:パール・バック
原 題:The Good Earth (1931年著)
訳 者:佐藤亮一
刊行年:1970年7月
出版社:旺文社文庫(特製版)

<あらすじ>
舞台は清朝末期の農村。父と二人暮らしだった王龍(ワンルン)は念願の結婚をする。相手は富豪黄(ホワン)家にY頭(ヤートウ)として仕えていた阿蘭(オーラン)。夫婦は力を合わせて働き、生活は徐々に豊かになり、ついに没落した黄家の土地を買うまでになる。子供も生まれる。ところが洪水や飢饉で、一帯は猛烈な飢餓に襲われる。王龍は、家族でしばらく南方に移り住む一大決心をする。南の都市での生活は苦しくなる一方だった。王龍は車夫を、妻子は物乞いをする。あるとき富豪の没落によって王龍は思いがけない収入を得る。彼は家族を連れ、自分の大地へと戻っていく。

<感想など>
初めて読んだのは高校生の頃。凄まじい飢餓、貧困に驚いた当時の記憶が、今またよみがえってきた。清朝の時代を描いた映画やドラマはよく観るが、朝廷や街中を描いたものがほとんどなので、農村の風景はなかなか想像できない。農村を思い描けない状態は、当時も今も同じかもしれない。

後書きによると、著者パール・バックは、宣教師であるドイツ系の父とオランダ系の母との間に生まれたアメリカ人で、生後4か月目に中国に渡ったという。中国で18年過ごして中国語は堪能、中国情勢にも造詣が深く、アメリカの大学への進学はまさに「留学」だったとのこと。『大地』を南京で書いたのは1930年の40歳を迎える前。まさに歴史のうねりを肌で感じながらの執筆だったのだと思った。作品は第2部『息子たち』、第3部『分裂した家』へと続く。

王龍が結婚する朝思ったことが印象的だった。明日から父親の足を洗わなくてすむという安堵感だ。これまでこなしてきた家事をやってくれる人が来る。家の維持と繁栄のために妻を迎える時代だったのだ。新婦は彼が思い描いていた以上によく働く。生きていくための知恵も豊富だ。蓄財が可能だったのもすべて妻阿蘭のおかげと言える。

そんな阿蘭の姿は極めて地味で無表情に描かれる。だから後半の涙を流す場面が鮮烈だった。豊かになった王龍は快楽の味を覚え、第二夫人蓮華(レンホワ)を迎える。阿蘭が一粒だけとっておいた宝石を、王龍が奪ったとき、阿蘭はおそらく初めて泣く。極限の飢餓状態で生まれたばかりの子を殺めた時でさえ泣かなかった彼女が、だ。一粒の宝石は、初めて「自分だけのため」に持ったものなのだろう。阿蘭の感情の起伏に切なさを覚える。

王龍も、貧困状態を経験したはずの息子たちも、豊かになるとその時代を忘れてしまったかのようだ。しかし王龍は時々大地を耕しに行く。彼の日に焼けた背中と広漠とした大地が、一体となって見える気がした。

王龍というキャラクターには、人間のさまざまな欲望、感情が渦巻いている。土地に対する執着心や金銭に対する価値観は、若いころ大富豪である黄家に抱いた複雑な気持ちが反映していると思う。蓮華に対する想いは、ほとんど初恋の熱情である。同時に、妻に愛情を抱いていない自分に気づく王龍の心理も細かく描写され、彼の葛藤と男の我儘がリアルに映った。また、王龍は、他の兄弟や周囲の人から疎外される知的障害のある娘を、こよなく愛し、懸命に守る。そんな彼のいろいろな面を通し、その時代の空気が流れてくるような気がした。

なお、出版が古いため今の禁止用語も多用されている。しかしそれが状況をダイレクトに伝える役割を果たしている感もある。登場人物名の発音は記述のまま記載した。

第二部、第三部のタイトルからは、王龍が一代で築き上げた家の変化が予想できる。時代の変遷と子孫たちの変化を、続けて読んでいきたい。
プロフィール

孔雀の森

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

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