スポンサーサイト

------

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

神なるオオカミ

20160619

神なるオオカミ

2015年/中国・フランス/2時間1分(レンタルDVD)
監 督  ジャン=ジャック・アノー
原 題  狼图腾 Wolf Totem
原 作  姜戎「狼图腾」
出 演
馮紹峰(ウイリアム・フォン)竇 驍(ショーン・ドゥ)
巴森扎布(バーサンジャブ) 尹鋳勝(イン・チューション)

<あらすじ・感想など>
2004年発表のベストセラー「狼图腾」(ジャン・ロン)が原作。特典映像には、準備に7年の歳月をかけた、という監督の談話や、モンゴル狼を訓練する様子も収録されていた。本編以上に興味がわいた。

文化大革命で下放された大学生、チェン(馮紹峰)はヤン(竇驍)とともにパオで生活しながら厳しい大自然に立ち向かう。族長のビリグ(巴森扎布)の教えから、狼を畏怖する心も学ぶが、いつしかチェンは狼の子を育てたいと考えるようになり、それを密かに実行する。

ストーリー展開として、主人公の狼に対する思いやほのかな恋心などが描かれているが、映画の大半は狼の姿である。群れで疾走する光景、天に向かって吠える姿、こちらをじっと見つめる鋭いまなざし、そして狩り。狼が監督の心をつかんで離さない、というのがよくわかる

さらに衝撃的なのが、凍りついた動物が雪原に突き刺さっている場面だ。人間模様はちまちましたものに過ぎない、なんて感じてしまうほど、厳しい光景だった。

自然に手を加える人間に対する批判も描かれる。ならば野生動物を調教して映画を撮ることはどうなのか?…などと、普段考えないことが頭をよぎる。そんなことを言い始めればきりがないはずなのに。

ともかく、本作の主人公が神なるオオカミであることは確かだ。
スポンサーサイト

山河ノスタルジア

20160614

山河ノスタルジア

2015年/中国・日本・フランス/2時間5分(劇場で鑑賞)
監 督  賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
原 題  山河故人 Mountains May
出 演  
趙 涛(チャオ・タオ)  張 譯(チャン・イー)
梁景東(リャン・ジンドン) 劉 陸(リウ・ルー)
董子健(ドン・ズージェン)  張艾嘉(シルビア・チャン)

<あらすじ>
1999年、山西省の汾陽(フェンヤン)。タオ(趙涛)は幼なじみのジンシェン(張譯)、リャンズー(梁景東)の2人から想いを寄せられ、野心家のジンシェンと結婚。リャンズーは街を離れる。

2014年。タオはジンシェンと離婚し、汾陽で事業を営んでいた。息子のダオラーは父ジンシェン、継母と共に上海で暮らしている。一方、炭鉱での仕事が長いリャンズーは肺を患い、妻(劉陸)と幼い子と共に帰郷。タオから治療費を渡される。そんなある日、タオの父が急死し、葬儀のためダオラーを呼び寄せる。ダオラーはオーストラリアに移住することをタオに告げる。

2025年。オーストラリア。19歳のダオラーと、中国語しか話せない父との溝は深まるばかり。そんなある日、中国語教師ミア(張艾嘉)がかけた曲に懐かしさを感じる。ミアとの交流を通し、彼は母の面影を探すようになる。

<感想など>
最初に、聞き覚えのあるメロディと、懐かしい雰囲気のダンスシーンが飛び込んできた。この音楽、後で調べたら「ゴー・ウェスト」というタイトル。みんなの視線が西欧に向いているように感じられた。1999年のパートでは、主人公タオが、人生の岐路で、自分の気持ちよりも金銭の方を重視する。結婚話を告げられた父親が、口では「自由にしなさい」と言いながら陰でがっかりしている様子が印象的だった。親にしてみれば優しそうなリャンズーの方がずっと良かったのだろう。相手が違ったら?と思わず想像してしまった。

サリー・イップの「珍重」も懐かしい。テクノ風メロディに乗る広東語がゆったりと流れていく。人々が惹かれる気持ちはよくわかる。「英語と西洋」、「広東語と香港」が希望と結びついていた時だったのかもしれない。

時代はいきなり2014年へ。その間の出来事をすべて割愛するとは…と意外だったが、ドラマにありがちな修羅場など、この作品では無意味だろう。裕福な雰囲気を漂わせているタオと、病に苦しむリャンズーの再会が切ない。どちらが幸せか、などと比較したくなるが、それも無意味であると思い直した。

そして時代は近未来の2025年。発達したIT技術とか、熟年女性との恋愛関係とか、正直言って必要のない事柄に思えたが、変わらないモノだけは心に残った。

その一つがレコードプレイヤーから流れる「珍重」。ある年代にとっては懐メロである。レコードについては、1999年にはすでにカセット(さらにCD)が普及していたことを考えれば、さらに時代をさかのぼった「お宝」と言えそうだ。レコードは、近未来にはどんな風に扱われるのだろう。
また、タオが着ていたレインボー柄のセーターが、犬の服に作り替えられていた。誰もが気づく「変わらないモノ」として、生き生きと描かれている。
そしてタオが包んでいる餃子。2014年のパートでは、タオが息子と別れる前の晩に餃子を作っていた。2025年の風景も変わらない。息子の気配を感じたタオの静かな表情が胸を打つ。

観る人によって印象的なところも違ってくるだろう。当たり前のことだが、今回は特にそれを強く思った。すべてのカットに何かしらの意味を持たせているのでは?と画面に見入った。賈樟柯作品ではいつも「分かりにくいメッセージ性」がもどかしかったが、今回は以前より分かりやすく、後味もいい。

10年後の再鑑賞が楽しみだ。

真夜中の5分前

20150106

mayonaka.jpg

 張孝全、劉詩詩の出演を知って、昨年末公開直後に鑑賞。
 上海で時計修理工として働くリョウ(三浦春馬)と、双子の姉妹ルオランとルーメイ(劉詩詩二役)、ルーメイの婚約者ティエルン(張孝全)が繰り広げるミステリーツアー(?)である。劉詩詩演じる双子ときいて連続TVドラマが頭に浮かんだが、観始めたらそのイメージは消えた。ミステリアスな展開だけでなく、双子の解釈についても興味がわいてくる。
 姉妹の幼児期から、さまざまな布石が投げられていく。洋服を交換して親の目をごまかしたこと。ティエルンをめぐって複雑な背景があったこと。ルオランが、お祝いの品としてふさわしくないといわれる時計をあえて選んだこと、などなど。再鑑賞したら、それぞれの意味合いを別の角度から眺めることになるのかもしれない。
 行定勲監督自身はどのように解釈しているのだろう、と思っていた矢先、今朝の新聞で本作品の記事を発見。ズバリ、「観客の判断にゆだねます」とのこと。何となくホッとした。ミステリー作品では「自分が間違っているのでは?」と苦い思いにとらわれることが多い。自分の感覚を信じていいと言われると楽になる。
 姉妹ばかりを追いかけがちだが、終わってみれば、リョウもティエルンも謎だらけではないか。
 リョウはなぜ上海に来たのか。
 どんな経緯で時計修理に携わっているのか。
 家族は?前の彼女は?
 ティエルンの情報は職業のみだ。
 男2人の背景をそぎ取って、姉妹の方に関心を集める手法。映画そのものがミステリアスに思えてきた。
 もう一度、台詞、表情、場面すべてを、拾い上げるように観たくなった。

***********************************
2014年/日本・中国/129分
監督:行定勲
英題:Five Minutes To Tomorrow
中文題:深夜前的五分钟
原作:本多孝好「真夜中の五分前five minutes to tomorrow side-A/side-B」
出演:三浦春馬 劉詩詩 張孝全 牛犇 余娅
真夜中の5分前オフィシャルサイト
豆瓣电影《深夜前的五分钟》

黄金時代

20141031

huangjinshidai5.jpg

2014年/中国・香港/2時間59分(東京国際映画祭で鑑賞)
監 督  許鞍華(アン・ホイ)
原 題  黃金時代
英 題  The Golden Era
出 演
湯 唯(タン・ウェイ) 馮紹峰(ウィリアム・フォン)
朱亞文(チュウ・ヤーウェン) 田 原(ティエン・ユエン)
黃 軒(ホアン・シュアン) 王志文(ワン・チーウェン)
郝 蕾(ハオ・レイ) 袁 泉(ユエン・チュアン)

<感想など>
今回の映画祭で最初の鑑賞作品。夜10時半の上映終了なら終電で帰宅できるが、万が一(キャスト登場!)をにらんで宿をとった。もちろん万が一はなかった。(笑)翌日午前にも鑑賞予定があったので、余裕を持てたのはよかった。

1930年代の作家、蕭紅(シャオホン)の波乱の人生を描いた作品である。3時間もの長編だが飽きることなく見続けられたのは、登場人物の語りが織り交ぜられていたからだろうか。エンタメ系作品に比べれば淡々として、暗い風景も多いのだが、思いがけない場面の移り変わりが刺激になった。

黒竜江省出身の蕭紅(湯唯)は暴力的な父から逃れ、各地を流転しながら作家活動を続ける。男を渡り歩くような生活の中で同業の蕭軍(馮紹峰)と恋愛関係になって同棲。やがて魯迅(王志文)とも知り合う。「女流作家」と言えば聞こえはいいが、画面に映し出される彼女は優雅ではない。苦しみぬいた人生の副産物が文章だった…という感じだ。

蕭紅が身を削って書くように、演じる湯唯もまた、その役に自身を捧げているように見えた。他の役者は「演じている」が、湯唯は蕭紅になりきっている。咳も、飢えも、震えも、そして最後の苦しい喘ぎも、すべて彼女が感じたそのままではないか…。鳥肌が立った。これも時間を忘れた理由の一つかもしれない。

蕭紅をとりまく男たちも興味深い。蕭軍は出産間近の蕭紅と同居を始める。極貧生活を乗り切り、彼女の執筆を助ける。また、端木蕻良(黃軒)は蕭軍の子を孕んだ蕭紅と結婚する。どちらの男性も作家としての蕭紅に惚れ込み、その腕を頼りにしていた感があった。献身ぶりについては端木蕻良の印象の方が強いが、蕭紅の心にはいつまでも蕭軍の姿が…。複雑な人間模様だった。

蕭紅の方は、最初の子は里子に出し、次の子は「亡くなった」と言う。(実際どうなのだか…)友人の前では子を亡くした悲しみを演じていたが、本心は違うと思う。彼女は女であって母ではない。そんなキャラクターにインパクトがあった。

もう一人印象に残ったのは、丁玲を演じた郝蕾。周囲のくすんだ雰囲気の中で、勇敢でさばさばしたこの人物が一筋の光に見えた。これまで暗い役柄しか見てこなかったので意外に感じると同時に、次回作に期待が高まった。

左前方の席で、右側の日本語字幕を見るのが辛かった。もっと早く予約できていれば…と、来年への反省を述べておこう。

罪の手ざわり

20140731

tianzhuding.jpg

2013年/中国・日本/2時間9分(劇場で鑑賞)
監 督  賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
中文題  天注定
英 題  A Touch Of Sin
出 演
姜 武(チャン・ウー) 王宝強(ワン・バオチャン)
趙 涛(チャオ・タオ) 羅藍山(ルオ・ランシャン)
張嘉譯(チャン・ジャイー)

<あらすじ>
山西省に住むダーハイ(姜武)は、村の炭鉱の利益が実業家に独占されたことに抗議するが、襲われて怪我を負う。侮辱された彼は猟銃を持って飛び出した。

重慶出身のチョウ(王宝強)は、家族には出稼ぎと言いながら、強盗を繰り返す日々だ。

シャオホイ(羅藍山)は広州の縫製工場をやめてナイトクラブで働き始める。そこでリェンロン(李夢)というホステスに淡い恋心を抱くが、彼女には子供がいるという。

湖北省でホテルの受付として働くシャオユー(趙涛)は、広州で縫製工場を経営するヨーリャン(張嘉譯)と長年不倫関係にあった。ある晩、ヨーリャンの妻とその身内に突然襲われ命からがら逃げる。職場で汚れた服を洗う彼女に、酒に酔った男が目をつける。

<感想など>
劇場でもらったチラシや新聞の映画評論には絶賛の言葉が並んでいる。おそらく観る人を選ぶ作品なのだろう。自分の感覚と宣伝文句との距離を感じた。けれども、今まで観た賈樟柯作品に比べるとテーマ性がはっきりしていて、ある意味わかりやすかった。

もちろん、人を殺めることは罪である。しかし本作品では彼らの「情状酌量」の部分に光を当てている。例えば、ダーハイは不正に黙っていられない性分で、腐敗した者たちと真っ向から対峙する。ところが己の正義が折れた瞬間、獰猛な獣のように相手を破壊し始め、歯止めがきかなくなる。劇中で水滸伝が演じられていたが、彼の姿があの林冲(りんちゅう)と重なった。梁山泊の面々が英雄扱いされたように、ダーハイもまた、同情心を掻き立てるキャラクターである。

不倫の恋に苦しむシャオユーについても、殺人に到る心の動きが丹念に描かれている。酔っ払いから受ける屈辱的な言葉や行動に対し、我慢が限界を超えた瞬間、「手」が勝手に動く。上記のダーハイもシャオユーも、犯罪とは無縁の人間である。そんな彼らが一線を越える瞬間が、鮮明に映し出されていて恐ろしい。

若いシャオホイの結末には、驚くと同時に疑問が残った。自らの命を絶つ行為も衝動的に見えた。消えてしまえば恐怖から逃れられる、という感覚だろうか。罪を背負い込んだ面々が梁山泊に集う物語だと思っていたのに、予想が裏切られた気分。戦おうとしない者に対する不満とも受け取れる展開だった。

強盗のチョウは終始表情が変わらず薄気味悪い。王宝強は今までのイメージとは正反対。子供の恐怖心が手に取るようにわかって、彼ら家族の今後を考えると暗い気持ちになった。

誰にも明るい未来は来ない。この後味の悪さは制作側の意図なのかもしれない。

メモリー

20140701

diyici.jpg

2012年/香港・中国/1時間43分(劇場で鑑賞)
監 督  韓 延(ハン・イエン)
原 題  第一次
英 題  First Time
出 演  
楊 穎(アンジェラベイビー) 趙又廷(マーク・チャオ)
江 珊(ジャン・シャン) 袁咏琳(シンディ・ユェン)
田 原(ティエン・ユエン) 趙樹海(アレン・チャオ)

<あらすじ>
ソン・シーチャオ(楊穎)は難病のため、幼い頃から母親(江珊)に生活を管理されてきた。しかしある時、再会した高校時代の同級生、コン・ニン(趙又廷)と恋に落ち、母親の目を盗んで彼と会うようになる。はじめのうち渋い顔をしていた母も、やがて彼との交際を許可。シーチャオは毎日夢のようなデートを心待ちにする。ところがある日、彼の方から突然、別れを切り出される。

<感想など>(ネタバレしています)
ここまで作り込まれた作品は初めてかも。
シーチャオは、筋無力症の薬の副作用で記憶障害がある。日々の記憶をテープに吹き込みながら、大学にも聴講生として通っている。そんな娘のために母は手を打つ。親心とはいえやりすぎではないか、かえって娘を束縛して苦しめるだけでは?と、ちょっと引いてしまった。

白馬の王子様的なコン・ニンも、タイミングが絶妙。お詫びのしるしに楽隊の生演奏とか、もう信じられん!!芝居くさくて(って芝居なんだけど…)やってられない、と途中までは思っていたのだが…。

こんなに可愛らしいアンジェラベイビーは初めてで、内容がどうあれ、こんなに可憐な彼女ならまあいいか、なんて思えてくるのである。今まで観た役柄からはとんがっているイメージが強く、美しい顔立ちながら可愛らしい印象はなかった。でも今回は表情の変化が多彩で、見入ってしまった。守ってあげたくなるキャラクターだった。走ったこともない子が初めて取り組むバレエであんなに踊れるはずないじゃん…と突っ込もうとしてやめた。だってかわいいんだもん。(笑)

最近ドロドロ愛憎劇の鑑賞が多く、人間不信が続いていた(?)身には、優しい人たちが集まっている本作品は一服の清涼剤のようでもあった。

なお、趙又廷が実父趙樹海と、劇中でも親子の設定で共演しているのも見どころの一つ。父親の方がやや道化役みたいで、物語全体の中で浮いていた気がする。

結局この作り込まれた芝居は、ある人物の掌の上で繰り広げられていたのだった、と観客に伝えて涙を流させる算段だ。いやあ、見事に引っかかってしまったなあ。

この日の観客は私一人。自分だけのスクリーンだと思ったらよけいに感傷的になった。
ミニシアター系のアジア作品がよく上映されるこのシネコンは、わりと近場なので、できるだけ足を運ぼう。引き続き上映してもらえるように。

サイレント・ウォー

20140421

tingfengzhe.jpg

2012年/中国・香港/2時間(劇場で鑑賞)
監 督  麥兆輝(アラン・マック)
莊文強(フェリックス・チョン)
原 題  聽風者
英 題  THE SILENT WAR
原 作  麦家「暗算」
出 演
梁朝偉(トニー・レオン) 周 迅(ジョウ・シュン)
王学兵(ワン・シュエビン) 范曉萱(メイビス・ファン)
董 勇(ドン・ヨン) 甘婷婷(ガン・ティンティン)

<感想など>(ラストのネタバレを含みます)
原作の小説、連続ドラマを知らない者にとっては、物語の展開がわかりにくい。最初いきなり刺された郭興中(王学兵)が、次の場面で張学寧(周迅)の上司となって登場する。あれれ、敵だったのでは?と混乱していると、見せかけで刺されたと思われる台詞が出てくる。(間違っているかもしれないけれど)そして…。郭興中は張学寧を心から愛していたのね。

国共両党のスパイ合戦を題材とした作品を少しだけ観てきた経験から、てっきり“701部隊”の中に潜入したスパイを探し出す物語と思っていた。だから何兵(梁朝偉)と結婚した瀋静(范曉萱)や郭興中、あるいは張学寧までが怪しく見えて、衝撃のラスト(?)を心待ちにしていたのだった。

物語には躓いたが、キャストの演技は堪能できた。梁朝偉の歩く姿は重心が傾き、危なっかしくて目をそらすことができない。対照的なのが周迅。いつも胸を張って表情を変えないが、時折見せる揺らぎが胸に焼きつく。久々に見た王学兵は相変わらず眼力がある。前より痩せて鋭さが増したように見えた。

スパイには“自分”がないのも同じ。恋心も包み隠さなければならない。男二人の慟哭が突き刺さってくる。そういう切ないドラマなのかなと、もやもやな気持ちを締めくくろう。

ともかくドラマを観たい!

香港の夜

20140404

xianggangzhiye.jpg

1961年/日本・香港/1時間59分(TV鑑賞)
監 督  千葉泰樹
中文題  香港之夜
英 題  A Night in Hong Kong
出 演
宝田明 尤敏(ユー・ミン) 司葉子
草笛光子 王引(ワン・イン) 浜美枝
上原謙 藤木悠 金伯健(カン・パクキン)
小暮実千代 馬力(マー・リー)

<あらすじ>
新聞記者の田中弘(宝田明)は、香港で看病してくれた呉麗紅(尤敏)に一目惚れ。麗紅も彼に惹かれたが、行方不明の日本人の母(小暮実千代)が許せず、一歩を踏み出せない。帰国後間もなく、田中は怪我をした同僚(藤木悠)の代わりとして香港に赴き、偶然麗紅と再会。しかし勧められた縁談に不本意だった彼女は、秘かにマカオに住む伯父張千里(王引)の家に引っ越してしまう。一方、田中に好意を寄せる幼なじみの恵子(司葉子)は、偶然つかんだ麗紅の母好子の消息を彼に知らせる。麗紅は一時期好子の住む柳川で生活するが、なじめずに香港に帰国。田中は再び麗紅に求婚するが、間もなくラオスへの出張を命じられる。麗紅はウェディングドレスを着て結婚式を思い描いていた。

<感想など>(完全ネタバレです)
史上最悪のエンド!こんな結末を提案した人はきっと後悔したのでは?この後に続くシリーズ2,3作目の設定が全く異なる理由がようやくわかった。

とはいえ、私はこの作品が続編2作よりも好きである。麗紅一筋の田中は、恵子という強者の猛アタックにも影響されない。その“ぶれない心”にキュン!とくる。

恵子の清々しさも心に響く。最初は、想い人に対するストーカーまがいの行動がひっかかったが、あきらめた後のサッパリした態度に好感が持てた。そんな中唯一解せなかったのは、最後麗紅と共に丘にたたずんでいるときの表情。以前友情の証(踏ん切りをつけるため?)にと、麗紅とアクセサリーを交換した彼女だが、麗紅の悲しみに完全に寄り添っているようには見えない。同情も嫉妬も憐憫も、その状況にはふさわしくない。演じている司葉子自身が、この変なラストで戸惑っていたのかも。

なお、現代ものでは気になる“偶然”も、ここでは必要不可欠に思えてくるから不思議だ。観る者が心から願っている“偶然”だからか。田中と麗紅を再会させて!と願ったら田中の同僚のケガが麗紅と近いところで起きていたことがわかる。麗紅のお母さんを早く探し出して!と願えば、恵子が偶然写真を発見し、旅先で同じ写真を見つける。でも「実は田中が生きていました」という偶然は起きなかったな。残念…。

本編終了後の宝田明の対談も興味深かった。
3作目のあと、尤敏から求婚されて断ったら、制作が進行していた続編の上映が中止になったというエピソード。その時もちあがっていた縁談を断るための言動とのことだが、そのまま映画になりそうな話だ。宝田明のなめらかな話術が好奇心を掻き立てる。

レトロな風景が出てくる映画を、機会があれば観ていきたい。

ホノルル・東京・香港 HONOLULU-TOKYO-HONGKONG

20140322

HONOLULUTOKYOHONGKONG.jpg

1963年/日本・香港/1時間42分(TV鑑賞)
監 督  千葉泰樹
中文題  香港,東京,夏威夷
英 題  HONOLULU・TOKYO・HONGKONG
出 演
宝田明 尤敏(ユー・ミン) 草笛光子
加山雄三 星由里子 王引(ワン・イン)
三木のり平 上原謙 藤木悠 王萊(ワン・ライ)

<あらすじ>
ホノルルに着いた岡本雄一(宝田明)は、留学中の弟次郎(加山雄三)から、初恋相手の桜井美代子(草笛光子)が結婚してこの地に住んでいるときく。しかし彼女は、夫が既に死亡したと嘘をつく。美代子が帰国費用を稼ぐため働いていると知った雄一は、彼女に東京行きのチケットを強引に渡す。一方、次郎が想いを寄せる呉愛玲(尤敏)はミス・ハワイに選ばれ、東京、香港旅行の賞品をゲット。けれども彼女に同行するのが雄一だと知り、次郎は心中おもしろくない。

<感想など>
宝田明と尤敏が共演する三部作の三作目。前二作(『香港の夜』『香港の星』)は後日観る予定。

前作を観ていなくても十分に楽しめる作品。往年の俳優のはつらつとした姿や、鷹揚なやり取りが新鮮だった。加山雄三が星由里子に海に突き落とされたり、草笛光子がフラダンスを踊ったり。そしてなんと、宝田明が尤敏を平手打ちする。(びっくり!!)新聞に連載された彼の回想録で、尤敏とのエピソードを読んだのを思い出し、この作品に重なった。

昔の作品を観ると、どうしても今と比較してしまう。
その一つは、経済格差の描き方。育ちのいいボンボンたちの、サービス業に携わる人々(ホテルのボーイや運転手、ウェイトレスなど)に対する横柄な態度が気になった。当時の観客は、「いつか自分も…」と、スクリーンに映し出される別世界の人々を観ていたのだろうか。

人物像として興味深かったのが、主人公のおばあちゃん(飯田蝶子)だ。外見がのび太のおばあちゃんそっくり!!(ただし、気性は正反対!)一昔前は、おばあちゃんといえば和服を着て髪をひっつめにしたステレオタイプで描かれることが多かったのかも。30年前に亡くなった私のおばあちゃんもああいう感じだったな。

会話での共通語は英語、同国人同士は日本語、中国語。三か国語が画面を飛び交って賑やかだ。香港が舞台なのに北京語会話というのが不思議な気もしたが、細かいことにこだわるのはよそう。英語での濃やかなコミュニケーションから、言葉の垣根なんてないように思えてくる。

実の親ではないと知った愛玲の驚愕や、DV夫がいる美代子の苦労など、しんみりさせるエピソードも、主演二人を結びつける恰好の材料。ドタバタラブコメのイメージが印象的で、明るさに満ちあふれた作品だった。

光にふれる

20140305

niguang.jpg

2012年/台湾・香港・中国/1時間50分(劇場で鑑賞)
監 督  張榮吉(チャン・ロンジー)
原 題  逆光飛翔
英 題 Touch of the Light
出 演
黃裕翔(ホアン・ユィシアン) 張榕容(サンドリーナ・ピンナ)
李 烈(リー・リエ) 柯淑勤(クー・シューチン)
納 豆(ナー・ドウ) 許芳宜(シュウ・ファンイー)
尹 馨(イー・シン) 閃 亮(シャン・リャン)

<あらすじ>
先天的な視覚障害を持つユィシアン(黃裕翔)は、台北の音楽大学でピアノの勉強をするため、初めて親元を離れる。苦労も多いが、体育学部のルームメイト(閃亮)はじめ仲間たちと意気投合、徐々に生活に慣れてくる。

ダンサーを目指すシャオジエ(張榕容)は、買い物依存症の母親(柯淑勤)のローン返済を肩代わりするためアルバイトに明け暮れ、練習もままならない。その上失恋のショックから気持ちは落ち込むばかり。そんなとき、大通りで道に迷っているユィシアンを見かけ、大学まで送る。

<感想など>
早くも今年の私的ベストテン候補にノミネート! 視覚、音響の効果に加え、前向きなストーリーに感極まった。所々にさしはさまれる笑いどころも心地よい。

ピアニスト黃裕翔の実話に基づいて作られた物語とのこと。だから主人公はユィシアン本人なのだが、同時にシャオジエの物語ともいえるストーリー構成。二人が別々のところに居ながら、ユィシアンの奏でるメロディに乗ってシャオジエが躍る展開は、新鮮に響いてくる。

本作品の魅力の一つは、メインの二人を夢に向かって進む同志的存在として描いているところだと思う。上の写真からはつい恋愛関係を想像してしまうのだが、観終わると二人の関係がとても崇高な結びつきに思えてくる。ユィシアンの妹がシャオジエに何回も「彼女なの?」と訊く気持ちはすごくわかるのだけど。(笑)

周囲の人物も実に個性豊か。
ローン地獄にはまって娘に安定した職を求める母親が、ユィシアンの母とは好対照。また、シャオジエが働くファーストフード店の店長(納豆)があまりにも優しくて理解がありすぎて、ちょっと気になる存在だ。彼女と一緒にダンスのオーディションに出ようとするのは、尋常ではない。彼はいったい何者?そして圧巻はプロのダンサーである許芳宜。人間の奥底まで見せるその動きは是非生の舞台で見たいものだ。

ユィシアンを特別扱いしないルームメイトやバンド仲間、そして彼の才能を評価する先生(尹馨)もいい。上から目線ではない、同じ目的を持った者同士の交流が温かな気持ちを呼び起こしてくれる。ユィシアンの苦悩(「同情から表彰されている」と思い悩んだ過去)が包み隠さず語られているからこそ生きてくる展開に思えた。

観ながらふと20数年前を思い出した。短い間だが、視覚障害のある方と一緒に働いていたことがある。全員の声がわかって、進んで人の輪の中に入っていく明るい方である。ユィシアンがシャオジエの顔を指でなぞっているのを見たとき、その方とかわした握手の感覚がよみがえってきた。今まで数えきれないほど握手してきた(試合の後必ず相手と握手する)が、一番心に残る手だった。その方の心に、私はどう映っていたのだろうと、今になって思うのである。

もう一度観て、音と光と色を堪能したい。

プロフィール

Author:孔雀の森
いろいろな出会いを
大切に♪

カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
最近のコメント
カテゴリー
最近のトラックバック
最新の記事
リンク
ブログ内検索

Pagetop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。