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少女は卒業しない

20130125



著 者: 朝井リョウ
出版社: 集英社
刊 行: 2012年3月

<内容>(ネタばれ)
廃校が決まった高校の、最後の卒業式前後を、7人の女子高生が語る。
①図書室で出会った先生に恋する作田。
②退学した幼なじみと屋上で過ごす孝子。
③送辞の中で先輩に告白する亜弓。
④互いの夢を尊重し、別れを切り出す後藤。
⑤卒業ライブで衣装紛失!慌てる神田。
⑥支援級の正道と美術部に入ったあすか。
⑦明日取り壊される校舎に忍び込んだまなみ。

<感想など>
いつもなら、なんだ、がちゃがかちゃ煩い奴らだなあ、で終わっていたかも知れない。でもこの時期は違った。ちょうど恩師の通夜、高校の部活仲間との集まりと、昔に戻る時間が続いたからか、登場人物の声が生々しく響いてきた。本の中の生徒たちはちょうど自分の子と同年代。でも眼に浮かぶのは30年以上前の先生や仲間たちだった。

前に読んだ『桐島、部活やめるってよ』で当の桐島が不在であるのと同様、本書でも、姿を見せない人物が、読後大きな存在として残る。台詞上、あるいは回想録だけの登場なのに。これも著者の手腕なのだろう。「ゆっこ先輩」と「駿」。彼らの生の姿も見たくなる。

また、影の薄い役柄ながらインパクトの強い人物もいる。第6章「ふたりの背景」に登場する真紀子だ。彼女はリーダー格里香の、影的存在だが、一つだけ静かだが強烈な発言があった。ただそれも正道の言葉を通して伝わったもので、彼女の真意は曖昧なままだ。その一言であすかと正道が救われたとすれば、彼女は二人にとってかけがえのない存在のはず。

こんなふうに、本書は曖昧なものを数多く残したまま終わっていく。
今までお世話になった校舎は、溢れるほどの思い出、数多くの謎を抱いたまま、壊されるのを待っている。いろいろな事柄の解決は未来に持ち越しと言えるだろうか。

陰湿な意地悪をした里香は、その時(遠い未来、みんなに再会した時)をどんな気持ちで迎えるのだろう。悲しい別れをした人、焦燥感を募らせた人よりもはるかに苦い思い出が、彼女には待ち受けていると思う。あるいはそんな過去に蓋をしてしまうだろうか。架空の人物に対して心配を募らせている私。

ここでまた、昔の仲間との再会が脳裏に浮かぶ。忘却の彼方にあると思っていたことが、不意によみがえってくるのだ。詳細が口から溢れ出る瞬間、50代の面々が、10代になる。そんな感覚を数日たった今なお引きずっている。

自分もまた卒業を迎える気持ちになり、明日から再出発だ!と、清々しくなった。

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極北ラプソディ

20120815



著 者:海堂尊
出版社:朝日新聞出版
刊行年:2011年12月

<あらすじ>
極北市民病院の外科医、今中良夫は、院長世良雅志の片腕的存在である。世良は赤字建て直しの救世主として華々しく赴任したが、徐々に悪評が増える。あるとき、診療費を滞納した患者に対し診察を拒否した後、彼が死亡するという事態に直面、マスコミの攻撃にさらされる。そんな中、今中は雪見市の極北救命救急センターへの出向を命じられる。

極北救命救急センターには、桃倉センター長以下副センター長の速水、医師の伊達、看護師の花房、五條らが揃う。ドクターヘリパイロットの大月や、CS(コミュニケーション・スペシャリスト)の後藤も救急搬送に欠かせない人材である。今中は多忙の中、やりがいを感じていた。

極北市民病院に戻った今中は、世良と神威島へのドクタージェット・トライアルに参加。この地で長年医療に携わる久世と旧交を温めた世良は、地域医療向上への道を歩む決心をする。

<感想など>
『極北クレイマー』の続編にあたる物語。
今中の目に映る世良、速水らの姿を通して、地域医療の在り方が語られ、興味深い。
最初、世良の独断に今中が躊躇しており、こちらは世良の姿勢が掴みかねた。彼の言うことは正しい。けれど一連の措置は性急に映る。健全な医療体制を目指すためとはいえ、敵を増やすことが果たして成功につながるのかどうか。自分の過去ログを読み返すと、『ブラックペアン1988』『ブレイズメス1990』での世良とは、別人のようだ。彼はどういういきさつを経て、こういう気質になったのだろう。

一方の速水は極北救命救急センターで「将軍」と呼ばれる存在である。願いかなってドクターヘリを導入しても自身はほとんど搭乗しない。彼も世良同様傲慢な態度で周囲に接し、好印象とは言えない。しかしその言動は的確で、医療に多大な貢献をしているのはよくわかる。規則違反覚悟、しかも他社の人間のクビを承知で人命救助を独断するは正気の沙汰ではないが、それも神業的な手技あってのこと。ではその技術はどのように磨かれ、自信はどのように膨らんでいったのだろう。『ジェネラルルージュの凱旋』以前の彼をもっと知りたくなった。(ひょっとして読んでも忘れてしまったかも…)

再建問題が山積している極北市と、救命救急センターをバックアップする体制の整った雪見市。今中の目を通した両市の比較から、トップに立つ人材、地域医療の在り方を考えさせられる。終盤で彼らが口にする地方公共団体の境界、枠組みを越えた協力体制は、壮大なスケールに映るが、案外早期実現可能な策にも思える。彼らの言葉は力強く響いてくる。

ところで、速水、花房両人の登場は楽しみの一つだった。けれど、依然として並行線であることにヤキモキした。後で思いがけない再燃(自分にとってはどんでん返し)が待っていたが、何だかきれいに終わりすぎた感がぬぐえない。花房が話す経緯はいかにも感傷的。速水には患者しか見えていないというが、彼の側からすれば、彼女の奥に別の男が見え隠れするから身を引いた、ということではないだろうか。失恋したのは速水ではないのか。あっちがだめだからこっち、なんてどうよ?以上、あくまで速水の味方である私の推論。(笑)長い間に起こった複雑な事情を知らないからこういう感想になってしまうのかも。

なお、記者会見の画像をぱぱっと配信した西野君は気になる存在だ。彼と世良との間には渡海も一枚かんでいるはずで、是非その辺の人間関係も知りたいところ。そのほか、世良が世捨て人同然で久世の元を訪れるまでのいきさつにも興味津々。

諸事情は今後詳細に語られるものと信じて、楽しみに待つことにしよう。

舟を編む

20120810

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 著 者: 三浦しをん
 出版社: 光文社
 刊 行: 2011年9月

<あらすじ>
玄武書房辞書編集部の馬締(まじめ)光也は、辞書「大渡海」編纂の中心的人物。10余年の間に、日本語学者の松本、古参の荒木、口が達者な西岡、整理上手な岸辺など、個性豊かな面々と出会い、共に仕事を進めてきた。下宿早雲荘のタケおばあちゃんと、彼女の孫で板前の香具矢もまた、馬締を支え続けている。

<感想など>
『舟を編む』ときいて、まず思い浮かんだのは、昔読んだ絵本『おばあさんのひこうき』だ。編み物上手のおばあさんが、飛行機を編んでいくお話である。『舟を編む』はもちろん、舟そのものを編むわけではない。ここでの「編む」は広辞苑での語義②の「諸書の文を集めて書物を作る。編集する」という意味である。でも、あのおばさんの編み物と似た作業だと思った。編み物が、編み目を一つでも間違えれば完全な作品に仕上がらないのと同様、辞書作りも、編集段階で言葉を一つ落とすことが致命的なミスになる。「ちしお(血潮・血汐)」の入れ忘れがきっかけで、異例の合宿になった場面では、ほとんど出来上がった作品を全部ほどいて編み直しているように見えた。おばあさんも、辞書編集部も、未知の世界に羽ばたく(漕ぎ出す)乗り物を作っているんだなあと思うとワクワクしてきた。

辞書編纂の過程が細かく描かれて実に興味深い。
まず、言葉に対し鋭敏で、執着心のある人々に感心した。松本先生はどんなときも言葉をメモする姿勢を保ち、研究が生活の一部、いや大部分を占めている。馬締もまた研究熱心で、一つ一つの言葉にこだわりを持ち、恐ろしいほどの集中力で取り組んでいる。そんな彼を辞書編集者に選んだのが、定年間近だった荒木である。人を見る目もまた大切ということだ。彼らの問答を読むうちに、自分が普段使っている言葉が気になりだした。

営業で腕を鳴らす西岡や、製紙会社の宮本など、編纂以外で活躍する人々も重要であることを知った。馬締の才能に対し劣等感を抱いていた西岡が、自分のコミュニケーション能力をフルに発揮していく様子や、紙に執着心を持つ宮本が成功を喜ぶ姿からは、仕事のやりがいについて考えさせられる。彼らの生き生きとした仕事ぶりが目に浮かぶようだ。

ところで、本書に描かれる「ぬめり感」を確かめたいと思い、手元の広辞苑をぱらぱらとめくってみた。なるほど。指が乾燥していても1ページ1ページついてきてくれる。中日辞典(小学館)は広辞苑よりも薄い紙質だがこちらもスムーズにめくることができる。これがぬめり感というのね。最近は電子辞書に頼りがちだが、面倒がらずに紙の辞典もひいてみよう。思わぬ発見があるかもしれない。

これを書いている途中で、松田龍平、宮﨑あおい主演で映画化されるという記事を読んだ。それからというもの、読み返したときに馬締クン、香具矢ちゃんの顔が二人に重なって離れない。ぼさぼさ頭を掻いたり、テンポのずれた発言をしたりする松田龍平。真摯に板前修業をする宮﨑あおい。いい配役だなあと思う。ほかにどんな人がキャスティングされているのかが気になるところ。

『舟を編む』と『大渡海』の装丁が同じデザインというのもおもしろい。
波間に浮かぶ銀の舟は小さいけれど、人々の叡智が積み込まれているのだなと思う。
一度『大渡海』を最初から読んでみたいものだ。

ツリーハウス

20120511



著 者: 角田光代
出版社: 文藝春秋
刊行年: 2010年10月
  
<内容・あらすじ>
中華料理店「翡翠飯店」の家族三代の姿を追った物語。
「翡翠飯店」の創業者藤代泰造が亡くなった後、妻ヤエ、息子の太一郎、そして太一郎の甥良嗣の三人は旅に出る。行先は中国の東北地方。ヤエが亡き夫と出会った所だ。彼女は帰国直前、予定を延長して当時の恩人を探したいと言いだす。太一郎は知り合ったばかりの中国の青年に通訳を頼み、良嗣と共にヤエに付き添う。

<感想など>
物語は、現在と過去を交互に映し出しながら進行する。藤代家のそれぞれが、歴史的事件や文化と深く関わり、一家の変遷はまるで未来へと続く一本の川のよう。時には波濤が立ち、時にはその波が逆巻き、時には淀んで動かなかったりする。その一本の流れの中で、始まりと終わりはふいに出現する。こんなふうに、出会いと別れはほんの一瞬…と思えるのは、その点をつなぐ線があまりにも長く複雑だからだろうか。

藤代家の三代は、私が育った家族のちょうど中間の年代である。つまり泰造・ヤエ夫妻、その子どもたち、孫たちの間に、両親、自分の世代が入っていることになる。見聞しているような、していないような曖昧な感覚になるのは、そんな年代的なずれがあるからかもしれない。

藤代家の子供たちが思春期の60年代後半は、私にとっては遊んでいた原っぱに次々と団地が建っていった時代。このまま工事が永遠に続くのではないかと思うくらいで、社会の激動など全く知らないで過ごしていた。70年代後半、思春期真っただ中の私たちは「シラケ世代」とも言われ、自分のことさえ考えていればいいような風潮があった気がする。一昔前の同世代が考えていた「社会の変革」など、思い描いたこともない。こんなふうに、読みながら昔の自分を思い出しつつ、いつしか翡翠食堂の一角でご飯を食べているような気分になった。私にとっては、新たな経験と思えるようなことばかりだ。

藤代家はかなり特殊に見えた。育った団地では核家族のサラリーマン家庭が圧倒的に多く、三世代同居の家庭は少なかった。私自身核家族の中にいて、そのせいにしてはいけないのだろうが、年の離れた人との接し方で戸惑うことが多い。そんな私に比べ、主人公良嗣の祖母への声掛けはごく自然で、旅行中も思いやりにあふれている。自分のことより祖母を気にかける彼は、私などよりずっと人との接し方を知っていると思う。

旅も終わりに近づいたとき、ヤエは中国の人に、太一郎をさして「もうじいさんだけれども、置いていきますから」と言う。太一郎もまた親に苦労をかけ続けている一人で、その子どもがもう「じいさん」と呼ばれる年齢であることに、あらためて衝撃を受けた。どの世代の子供も、親にとっては永遠に心配の種なのだと思う。

思い返せば、「川」の源流には占い師の予言があった。その言葉が現実となった時、これからの流れも、予言通りになるのかもしれないという不思議な気持ちになった。死生や転機、悲喜こもごもは、あらかじめ定められたものではないかと。

帯にも書いてあるように、「もし…」なんてないのですね。

モルフェウスの領域

20120405

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著 者:海堂 尊
出版社:角川書店
刊行年:2010年12月

<あらすじ>
未来科学探求センターに勤務する日比野涼子は、日夜“凍眠”中の少年の生命を維持する業務にあたっている。少年の名は佐々木アツシ。網膜芽腫により残った左目(右目は5歳で摘出)を摘出する危機に直面した9歳の彼は、特効薬の開発を待ちながら“凍眠”する選択をしたのだった。この“凍眠”は『時限立法 人体特殊凍眠法』成立の元で承認されており、その裏付けとなる『凍眠八法』を打ち出したのは、ゲーム理論の大家、曽根崎伸一郎である。涼子はその中に矛盾を感じ、2年の推敲を経たメール文を曽根崎に送る。

<感想など>
海堂作品はいつもボールを投げかけてくる。今回は、“凍眠”(コールド・スリープ)と倫理をどうとらえるか?というボールだった。前半は曽根崎理論に対峙する涼子の姿が描かれているが、正直言って難解である。高度な理論の応酬に、あ~も~ついていけませ~ん、と匙を投げてしまう私。(笑)“凍眠”させてもらい、高度な知識をたたき込んでほしいもんだ…と思う人もいるかも知れない。おっと、金さえ出せば頭脳が買える、なんて考える輩の出現こそ大問題だ!!

わずか9歳の子供に人生の判断をさせること。高額な医療費のために離婚し、養育を放棄した両親。“凍眠”中の成長操作。薬の認可が容易にできない現状。霞が関の闇。様々な問題がちりばめられ、未来への問題提議となっている。

世界のシステムを動かすのは政治家でも学者でもなく、ごく一部の隠れた、超優秀な頭脳なのかも。そしてその頭脳が人工的に作られる時代がくるのは、遠い未来ではないのかも…と思うと怖くなる。

後半は、目覚めたアツシを取り巻く人間模様に惹きつけられ、一気に読んだ。5年間アツシと共に過ごした涼子の複雑な気持ちと、彼女を見つめるアツシの眼。彼らは今後どんな人生を歩むのだろう。そしてあの西野という男は、善人?それとも悪人?そんなに単純に判断できない人物であるのは確かだ。でも涼子にしても西野にしても、お互い出会ったことで、変化したのは事実。今後の楽しみがさらに増えた。

今回もこれまでの作品を思い出させる場面があって懐かしかった。
その一つが『医学のたまご』。そうか、アツシはこういう経緯を経てスーパー高校生になったのね。中学生になっていた薫クンは、本書ではまだ幼児である。
また、涼子は『ジェネラルルージュの凱旋』での火事で、病院に運び込まれた一人だったという。その時の詳細はまた続編(きっとあるでしょうね)で明らかになるのかしら。

今後は、小夜ちゃんと瑞人の登場、アツシと瑞人の対面に期待大!!それから、涼子が出会った酒飲みの腕利きって、あの人(T?)でしょうね!彼にも是非再登場してほしい!


年下の男の子

20111129

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著 者:五十嵐貴久
出版社: 実業之日本社(文庫)
刊 行: 2011年4月

<あらすじ>
川村晶子は銘和乳業の広報課に勤務する37歳。児島達郎は青葉ピー・アール社の契約社員で23歳。トラブルの発生で徹夜勤務をした二人は、夜が明けるころにはすっかりうちとけていた。後に児島君は出入り業者として晶子の業務に携わるようになる。彼は頻繁に晶子にメールを送り、ついには彼女の引っ越しを手伝うまでに。晶子は彼の攻勢にうろたえる。何せ14歳もの年齢差があるのだ。どう考えても無理!と。

<感想など>
なぬ?キャンディーズの『年下の男の子』かい?と思いながら読んでいったが、まったく違った。こちらの彼は頭をなでなでしてあげたくなるような男の子ではなかった。むしろその逆。相手を守りぬくぞ(とは言ってないがきっと彼はそう思っている)という気概に満ちた、逞しい男の子であった。表面的にはナイーブに見えるかもしれないが。

主人公の一人称が使われているので、彼女目線である。どうせおばさんだからとか、こんなに年齢差があったら無理、などと、すべて決めつけるような口調になっている。ならばあんたより一回り以上年上の私は何なのよ、おばあさんかえ?と、つい突っ込みたくなる。二人の恋愛に対しても、まあ勝手にやってくれ、と、投げやりな気持ちになった。

でも意外と集中してしまった。企業の複雑な人間関係がリアルで、まるで自分がそこに放り込まれたような感覚になる。そして何より、プッシュを繰り返す男の子を応援したくなってしまったのだ。その相手には特別魅力を感じなかったのだけれど。(もしかして私は彼女に嫉妬してる?:笑)

自分の願いを成就させるため、彼は努力に努力を重ねる。きっと相当無理しているのだろう。相手から駄目と言われればすぐにあきらめてしまうケースが多い中、彼は自分の「好き」を前面に出して、あの手この手を使う。その背景には、相手も自分を好きなはず、という強い自信がありそうだ。でなければ、ストーカー行為とも受け取られかねない一連の行動はとれないはず。この物語は、女性の成功譚というよりは、むしろ男性の成長譚ではないだろうか、などとちょっと照れながら(なぜ私が?)思うのである。彼目線の物語も読んでみたい。

先日の『For You』と同じ作者だから、何かかぶっている事項はないものかと思っていたら、晶子が、『For You』に登場したフィル・ウォン主演の、『愛についての物語』のDVDを鑑賞する場面があった。全く関連のない二編の小説だが、共通点があると楽しいものだ。

最後に登場した児島君のお父さんの言葉から、児島君の育った過程が目に映るようだった。彼の両親が登場するのはほんの一時ではあるが、特に父親の懐の深さが印象的だ。確か不在がちだと児島君は言っていたが、子どもと深くかかわっているのがよくわかる。児島君は愛されて育ったのだなあと思った。

最初から映像化を意識しているのだろう。二人は完ぺきな美男美女である。男性の身長、体つき、さらに女性のスリーサイズまで、外見の描写はかなり細かい。けれどそれとは裏腹に、内面のキャラクターは大ざっぱな気がした。

終わってみれば「ごちそうさま」な物語。でも何かが物足りない。何だろう。予想通りの結果だったからだろうか。それとも児島君のアタックが終わって緊張感が薄れたからだろうか。まあ、どうでもいいや。

トッカンVS勤労商工会

20111103



著 者:高殿 円
出版社:早川書房
刊 行:2011年5月

<あらすじ>
大衆食堂の店主唐川成吉が自殺する。妻詠子は、東京国税局京橋税務署の徴収官鏡雅愛(カガミマサチカ)の恫喝が原因だとして、勤労商工会の弁護士吹雪敦(フブキアツシ)を見方に、訴えに出る構えだ。鏡付きの徴収官、ぐー子こと鈴宮深樹(スズミヤミキ)は心配で仕方がない。そんな中、彼女は同僚の錨喜理子(イカリキリコ)から振られた計画倒産の案件に悪戦苦闘。しかし偶然知り合った鏡の幼なじみ本屋敷真事(ホンヤシキマコト)、里美輝秋(サトミテルアキ)の大きな援護に支えられ、何とか窮地を切り抜ける。

<感想など>
『トッカン―特別国税徴収官』の続編。前回から1年たって、主人公ぐー子は26歳。上司の鏡は相変わらずで、所長の清里、同僚の鍋島、錦野、錨らに囲まれて日々奮闘する。今回は夏の盛りで、こちらまで汗が噴き出してきそうだ。(もう秋なのに。)

税務署と言えばお固いイメージしかない。当事者になったことがないのでよくわからないが、本書には徴収官の仕事や仕事観が詳しく、リアルに描写され、臨場感たっぷりだ。けれども仮に自分がこれから就職を考える身だとして、この仕事に就きたいか?と問われたらちょっと引いてしまいそうだ。差し押さえなどは、図太い神経の持ち主が体力勝負で挑む仕事。ぐー子の悪戦苦闘ぶりには恐れおののいてしまう。

夫が自殺に追い込まれた恨みから、半狂乱で訴えに出る妻の詠子。しかしその裏には想像もつかない真相が隠されていた。サスペンス仕立てだが、終わってみると、なあんだ!という感じ。その解明と並行して、ぐー子は計画倒産を阻止すべく奔走する。敵方とも思える弁護士吹雪敦の助言が功を奏して、案件は一件落着。仕事を振った錨は、意外な顔を見せる。そこにも謎が隠されている。徴収官という仕事の内容から、職場の人間関係まで、飽きさせない要素が満ち溢れている。もう一つのテーマは「女性と仕事」だと思う。

独り立ちしようとするぐー子の成長物語であるが、気になることがいくつかある。ピンチの時には必ず誰かが助けてくれることだ。鏡の友人だったり、鏡の天敵だったり、また古参の女性職員だったり。彼女の周りにはいつも頼れる人がいる。ドジで間抜けな性格が好意的に描かれているが、甘やかし過ぎの感が否めない。ああ私、完全にお局様の眼だわ。ちやほやされる女の子が嫌いなのだ。(笑)

前の物語でも述べたが、ぐー子と鏡の関係は、『図書館戦争』シリーズの主人公カップルそのものだ。怪我した鏡をぐー子が見舞う場面などは、全く同じテイストである。三角関係を思わせる場面もある。吹雪がぐー子に対し好意を露わにするのを見た鏡は、吹雪の名刺をびりびりに引き裂く。もしかして嫉妬?何だか面白くない。強い男が頼りない女を「おまえ」呼ばわりして怒鳴りまくる展開にも飽きた。というか、自分がそういう扱いをされたくないのである。実在の職種を扱う物語だから、見方が厳しくなっているのかもしれない。(図書館シリーズでは何でも許せた:笑)

とは言え、続編があるのなら読んでみたい。今回「図太く」を念頭に成功したぐー子。これからどんな試練が待ち構えているのだろう。キツイことを言ったけれど、主人公の成長は気になるところだ。

月と蟹

20111002



著 者: 道尾秀介
出版社: 文藝春秋
刊 行: 2010年9月

<あらすじ>
小学5年生の慎一は、放課後になると同級生の春也と連れ立って岩場へ行く。二人はともに転校生で、それぞれ家庭の複雑な事情を抱えていた。彼らはヤドカリをライターの火であぶり出して行う「ヤドカミ様」の儀式に夢中になる。慎一は、儀式で口にした願いが現実になることを恐れていた。やがて同級生の鳴海が仲間入りする。慎一は、鳴海の父親と自分の母親が度々会っているのを知っていたが、鳴海にはこれを話していない。彼はついに、あることをヤドカミ様にお願いする。

<感想など>
慎一は父の死後、母と共に、父方の祖父が暮らす海辺の町に転居。祖父昭三は、かつての海難事故で片足を切断、義足をつけている。昭三の過失により一人の女性が亡くなったが、それは慎一の同級生、鳴海の母だった。共に伴侶を亡くした男女がつきあい、その関係を子どもたちが感づいている…。何と整然とした設定だろう。人間関係がギクシャクするお膳立てはすっかり出来上がっている。

春也は大阪からの転校生。孤独だった慎一にとって、春也の存在は救いだった。ヤドカミ様の儀式に誘ってくれたのも、悪質な手紙に悩む慎一を慰めてくれたのも彼だ。そんな彼が親から虐待を受けていることに、慎一は心を痛め、何とかして救いたいと思う。けれども、鳴海と春也が近づいていくのは面白くない。慎一の、春也に対する感情の起伏は、物語の根幹だと思う。

3人には、生き物をいたぶっているという意識はない。彼らにとっては神聖な儀式で、死にゆく「ヤドカミ様」は崇高な存在なのである。このときだけは心の痛みを忘れ、陶酔感に浸ることができるのだ。こんなに貴重な場所は、家にも学校にもない。彼らの置かれた環境と心の闇を思わずにはいられない。

後楽園球場で巨人軍の原選手がサードを守っていた時代の話。著者の少年時代とかぶるのではないだろうか。当時の少年たちを、今、大人である作者が思い出しながら書いている。そう考えると、ここに描かれた彼らは、背景や内面を肉付けし、読ませるようにした子供の姿だと思えるのだ。ヤドカミ様の表現は確かにグロテスクだが、寧ろ、作者が体現している光景(書くにあたって作者はヤドカミ様の儀式をしたのでは?違っていたら申し訳ないですが)を想像する方が恐ろしい。

スポットライトをあびる3人の後方で、慎一をよく理解する祖父が存在感を示している。彼の子供たちに対する想いは、果たして通じただろうか。わかるのは大人になってからなのかもしれない。その一方で、存在感がほとんど感じられない慎一の母と鳴海の父にも、ストーリーがあるのではないかと思った。

144回直木賞受賞作。正直いって好きではないが、「静かな恐怖が舞い降りてきた」感覚に支配され、一気に読んだ。

烙印

20110914



著 者:天野節子
出版社:幻冬舎
刊 行:2010年12月

<あらすじ>
慶長14年(1609年)9月30日。房総半島岩和田村(現在の千葉県御宿町岩和田)沖でスペイン船が沈没、三百余人が救助された。村中総がかりで遭難者たちの世話をする中、17歳の少女ミヅキはニックという青年と恋に落ちる。

2010年9日3日。兵庫県養父市の畑で、死後30年ほど経過した男性の白骨体が発見される。担当の近藤刑事は、現場所有者の母、横山菊枝と面会。彼女の舅姑がかつてアパートを経営していたことを知る。

2010年9月8日早朝。東京の公園で60代男性の遺体が発見される。担当は本庁の戸田警部。被害者久保田和夫の住所は養父市だった。戸田は、久保田の遺留品の雑誌『麗麗』に着目。折り目がついているページに名が記載されていた、モデル、カメラマン、スタイリストに会う。

<感想など>
400年前の江戸時代からいきなり現代へと一っ跳び。30年を過ぎた白骨体の発見、さらに場所を移しての殺人事件。その間には、加害者被害者のやりとりや男女の密会などの伏線が、ちらりちらりと顔をのぞかせる。登場人物が多く、関係も錯綜しているので、名前が挙がるたびにメモをして、時々前のページを繰りながら進んでいく。

経験豊かな刑事と若い鑑識課員、華やかな世界で働く若者たちと片田舎で静かに暮らす中高年。キャラクターがはっきりしており、このままドラマになりそうだ。刑事は持ち前の粘り強さとフットワークの良さで各地を飛び回り、様々な人間の生きざまを垣間見る。目的は事件解決だが、刑事の心情の方が興味深い。

戸田刑事には妻と二人の娘がいる。長女はすでに嫁ぎ、妻、次女は父親とよく話をするようだ。そんなことからも彼の温和な人柄が見て取れる。彼と会う人のほとんどが捜査に協力的なのは、彼の醸し出す優しさに、気持ちが和むからかもしれない。

犯人は中盤あたりで目星がつく。では動機は何か。共犯者が存在するのか。400年前の出来事がどのように関係するのか。読者は刑事と共にあちこちに散らばった点を、線で結ぼうとする。しかし加害者とみられる者のアリバイに阻まれ捜査は難航する。刑事とホシの頭脳合戦は終盤までもつれこみ、文字を追っているだけで緊張してくる。

すべてがドラマチックで飽きないが、どこか都合がよすぎる点が気になった。理髪店の主人や、ダイヤモンドホテルの女性従業員の話など、被害者の目撃情報が詳細すぎて、刑事が喜ぶ内容ばかりだ。加害者の生い立ちと動機も、本人に語らせるとまとまりすぎた感がある。遺伝学の話も真実には違いないのだろうが、辻褄合わせに使われているように感じてしまう。

加害者については、誰もが納得できる動機と、同情心を煽る生い立ちがプラスして、その人物に対する悪感情は湧いてこない。一方の被害者は、負の要素一切を背負わされたキャラクターで、悪い印象しかない。だから、だんだん加害者に肩入れしたくなってくる。刑事自身彼を尊重する。彼も再起を口にする。挑戦状とも思える言葉ではあるが、未来には明るさが見える。上で述べた都合のよすぎる展開が、かえって後味のすっきり感を演出していると思えた。

著者は幼稚園、幼児教育会社勤務の後、60歳から小説を書き始めたという。刑事の人に対する温かいまなざしには、著者の経験からくる願いが込められているのかなと、ふと思った。今度はデビュー作を読んでみたい。また今後どんな作品を発表するのかも楽しみだ。

県庁おもてなし課

20110908

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著 者:有川 浩
出版社: 角川書店
刊行年: 2011年6月(7刷)

<あらすじ>
高知県庁のおもてなし課に勤務する掛水史貴は、入庁3年目の25歳。観光特使を依頼した作家、吉門喬介から質問メールを受け取ってから、彼の窓口的役割を担うようになる。吉門のアドバイスにより、おもてなし課の民間スタッフとして明神多紀を採用。さらに、かつて『パンダ誘致論』が原因で県庁を辞した清遠和政を紹介される。掛水は多紀と共に、清遠と吉門から様々なことを学び、高知県の観光活性化に向け奔走する。

<感想など>
高知の観光情報、観光論には興味津々、物語にはワクワクドキドキで、お得感あふれる一冊だ。高知を旅行先に考えたことはなかったが、これを読んだら急に行きたくなってきた。観光論については、著者も述べるように、論文だとなかなか頭に入らない内容が、登場人物の言葉に置き換えたことでよく理解できるのかも。そして、若者たちの成長が見えるところがいい。巻末の対談や各地のPRも、観光を知り、物語を楽しむ好材料である。

掛水、多紀、吉門、佐和、清遠の5人が柱となっている。掛水は県庁にUターン就職。多紀は短大卒業後県庁でアルバイト。吉門は高知出身の流行作家。清遠は民宿経営兼観光コンサルタント。佐和は清遠の娘で民宿を切り盛りしている。立場も意見もいろいろの面々だが、一致しているのは高知県を愛していて、その振興を願っていることだ。

掛水は吉門、清遠から民間感覚をたたき込まれる。彼の成長の源は謙虚さと粘り強さと言えようか。吉門のような苦言に対しては腰が引けてしまう人が多いのだろうが、掛水は吉門から学ぼうと、貪欲な態度を見せる。佐和から水を掛けられても、平手打ちを食らっても(狂暴すぎる:笑)あきらめない、その根性が素晴らしい。目標とする人、清遠の存在は大きいと思う。清遠とのやり取りの中で、職務を越えた自分の生き方を模索している様子が伝わってくる。もちろん意中の人の影響も大きい。(笑)

多紀はその年齢(22歳)にしてはしっかりしている。おもてなし課のスタッフとなってからは民間に勤務する父親からアドバイスをもらったと言うし、自分なりの意見もある。これほどの人材でも就職難だという、厳しい現状を伝えるのにぴったりのキャラクターだ。

吉門の言葉には著者の気持ちが反映されているのだろう。高知県から観光特使を依頼されながら音沙汰なしだった、自身の体験をもとにしているという。愚痴の一つで終わってしまいそうな出来事を小説化するとは、ネタを掘り起こす才能を思わずにはいられない。出版社や作家の事情、パンフレットのレイアウトまで、具体的な事情が描かれ、実際の現場を見ているようだ。

有川作品だからまた甘い展開が待っていてくれているだろう、と期待しながら読み進めた。しかしその兆候はあっても、なかなか進展が見えてこない。ちょっと、いつまで小学生のレンアイしてんのよ!と茶々を入れたくなるほどもどかしい。でも、彼らが成長しないと結果は出ないかなと、途中で視点を転換、見守ることにした。

もう一組の男女については、その関係性は複雑ながら結果は予想通り。彼の申し出、彼女の反応、そして父がニンマリするまでの一連の流れは、テンポがいい。すごくいい。(笑)まさに小説の世界である。超現実的な仕事の世界と、虚構の人間模様。そのギャップが快感!

最初吉門が電話した相手が掛水だったからこそのサクセス・ストーリー。出会いというのは本当に運命的だ。掛水にその意識は全くないが、吉門の本音をくすぐったのは間違いなく彼。また、掛水の熱弁は、最初の『パンダ誘致論』の語調にそっくり。2年後の5人は、仕事関係者でありながらファミリーのよう!

お役所事情を鋭く斬った物語で、高知県庁にとっては痛い話に違いない。でも地元新聞での連載実現ということで、かえって好感度UPにつながったのではないか。

さあ、続編が楽しみになってきた。(笑)でも有川さんが書いてくれるかどうかは、今後の高知県にかかっている?

プロフィール

Author:孔雀の森
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