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怪しい彼女

20141015

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2014年/韓国/2時間5分(劇場で鑑賞)
監 督 ファン・ドンヒョク
出 演
シム・ウンギョン ナ・ムニ
ジニョン イ・ジヌク 
ソン・ドンイル パク・イナン

<あらすじ>
70歳のオ・マルスン(ナ・ムニ)は、家では息子夫婦、2人の孫との生活を仕切り、外では中高年向けカフェで元気に働いている。しかし歯に衣着せない物言いでトラブルも多い。そんなある日、マルスンとの関係に疲れた嫁が倒れてしまう。彼女は夜の町で「青春写真館」に入る。帰り道、マルスンは自分の容貌が若返っているのに気づき仰天。以後彼女はオ・ドゥリ(シム・ウンギョン)として若い頃の夢を追いかけることになる。

<感想など>
もし20歳の私に“ヘンシ~ン”してしまったら・・・。家族なら、見知らぬお姉さんとは思わないはず。それほど変化しているとは思わないもの・・・なんて言えるのは10年前までか。(もっと前だ!)この話は、夢落ちでもなければ、怪奇現象でもなく、日常で自然に起こりうる設定であるところが面白い。

最初、年配女性が繰り広げるドタバタ騒動には目をつぶりたくなった。感情をそのまま言葉にして攻撃する姿は、正直言って醜い。元気でもあんなふうにはなりたくない、と心底思った。パク氏(パク・イナン)が彼女を「お嬢さん」と慕い、全身全霊傾ける様子にも違和感があった。

けれども彼女が突然20歳に戻ってからは、応援態勢に入った。(笑)歌手になる夢を実現させ、恋を成就させてね、と。ミュージシャンを目指す孫を励まして、ついにメジャーデビュー。イケメンプロデューサーのハートをゲット。すべては70歳の心のなせる技だ。変身した時に野暮ったかった風貌が、みるみるうちにあか抜けていくところに、ウキウキした。

20歳のオ・ドゥリが活躍する中で、彼女の過去が明らかになっていくので、共感できたのだろう。家族や周りを客観的にとらえる視線もよかった。序盤の横暴な振る舞いも許せる気分になる。70歳に戻る時の息子とのやりとりは、涙をさそうことを想定したのだろうが、私には母子の密接な関係が重かった。お国柄が出ている場面だと思う。

さてこのお話のラスト。ここ数年観てきた中で最高の結末!!
その辺にたむろしている若者が、もしかしたら青春写真館経由かも!(笑)

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ハナ 奇跡の46日間

20140827

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2012年/韓国/2時間7分(レンタルDVD)
監 督  ムン・ヒョンソン
出 演
ハ・ジウォン ペ・ドゥナ
チェ・ユニョン ハン・イェリ
イ・ジョンソク パク・チョルニン
キム・ウンス

<あらすじ>
1991年、第41回世界卓球選手権千葉大会。韓国と北朝鮮は統一チーム「コリア」として参戦する。韓国のヒョン・ジョンファ(ハ・ジウォン)と北朝鮮のリ・プニ(ハ・ジウォン)は前回シングルスの準決勝で戦ったライバル同士。中国との女子団体決勝では最終戦までもつれこみ、2人の組んだダブルスが大接戦の末に勝利。中国の連覇を阻止した。しかし歓喜を味わう時は瞬く間に過ぎ、絆を深めた選手たちは涙にくれながら別れるのだった。

<感想など>
卓球に熱中した遠い昔がよみがえってきた。試合はルール改正前の1ゲーム21本先取の方式。幼ななじみと組んだダブルスで、セットオールの13対20から逆転し、市大会で団体優勝したのだ…。な~んちゃって、あの選手たちに比べればピンポンレベルであるのは十分承知の上で、ダブルスシーンを重ね合わせてしまった。ちょっと自慢してみたかっただけです。(笑)

この世界選手権はテレビで観戦していた。たぶん私は彼女たちより一回り上の年齢だろう。ジョンファは玄静和、リ・プニはリ・ブンヒ。中国側の“トン”は鄧亜萍、“チャオ”は喬紅。関連サイトで再観戦した試合と、ドラマの試合が頭の中で一体化して不思議な気持ちだった。

選手たちのぶつかり合い、背景の違いから起こるトラブル、さらに国境を越えた絆の深まりなど、感情移入する場面は多い。しかしその一方で相手国家の描き方が気になった。中国のトンがピンポン玉を踏みつぶす場面はいくらなんでも…と。当時無敵の鄧亜萍はシングルス決勝でリ・ブンヒに快勝した。堂々とした試合運びが今も脳裏に残るほど好きな選手なので、作品での取り上げ方が残念。両国アナウンサーのけなしあいは、笑いをさそう場面でもあるが、勧善懲悪ものを見ているような気分になった。また、北朝鮮については、制作国韓国の立場がうかがわれる描き方だと思った。

色々と思うところはあったが、ストーリー構成やキャストの演技には引き込まれた。特にペ・ドゥナの抑えた演技は迫力があった。卓球のよさを十二分に出してくれているところにも好感が持てる。ハ・ジウォンはユニホームがよく似合って、まさに卓球選手、という感じ。身体能力の高い人なのだろう。

やはりダブルスはドラマチックだ。1本のラリーが、パートナー同士の人間関係や、双方の腹の探り合いを映し出す。サーブ、レシーブの息詰まる瞬間も、シングルスより緊張感が高い。127分という長さを感じさせないのは、白熱したラリーの撮影に精緻な工夫があったからだろう。

ジョンファとプニの再会を祈りつつ、統一チームを実現させた人たちの思いをあらためて感じた。

嘆きのピエタ

20130924

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2012年/韓国/1時間44分(劇場で鑑賞)
監 督  キム・ギドク
英 題  PIETA
出 演  チョ・ミンス イ・ジョンジン
     ウ・ギホン カン・ウンジン
     クォン・セイン チョ・ジェリョン

<あらすじ>
生後すぐ親に捨てられ30年天涯孤独に生きてきたイ・ガンド(イ・ジョンジン)。彼は元締めの下で借金の取り立てをしていた。返済不能に陥った者に大けがを負わせその保険金を受領するという手段に、多額の借金を抱える零細企業経営者は日々怯えていた。また、障害を負った者やその家族の恨みは果てしなく大きい。そんな彼の前に突然、母を名乗る女性チャン・ミソン(チョ・ミンス)が出現する。最初のうちは信じられなかったガンドも、ミソンの献身的な愛情に接するうちに、徐々に心を開いていく。やがて自分が大勢から恨みをかっていることに恐怖をおぼえ、彼女の身を案じるようになる。

<感想など>(完全ネタバレです。)
事前にタイトルの意味を調べてみると、「ピエタ」とは、十字架から降ろされたイエス・キリストを抱く聖母マリアを意味するとのこと。ポスターには、ガンドを抱くミソンの姿が描かれているが、実際にスクリーンに映し出される光景とはあまりにも違いすぎる。どのような展開を経て「悪魔みたいな男が母の愛を受けて改心する物語」になるのだろう、などと勝手な想像を働かせていた。

とにかく息をのむ場面の連続だ。
ミソンが見せる、母であることを信じさせるためのあの手この手は、すべて常軌を逸している。ガンドの無理難題をすべて受け入れ、味方であるという意識を徹底的にに植え付ける。時には人間の尊厳に関わることも耐え忍び、苦痛に顔をゆがめる姿には、思わず悲鳴を上げそうになった。また、彼女は、彼に寄り添っているかと思えば、時にはものすごい嫌悪の表情を向ける。実の母だとすれば、彼女の行動には謎が多すぎる。本当に母なのか、それとも…と疑問を抱きながら画面に見入る。

今こうして書いていくうちに、すべて明かさなければ終われないとわかった。そこでここで完全ネタバレをしてしまいます。

彼女は、借金苦で自殺した息子の復讐をするために、ガンドに近づいたのだった。終盤でこの事実がわかった時、ミソンの一挙一動にすべて意味があったと気づき、画面を見ながら過去を振り返っていた。

ミソン自身の迫真の演技は、確実にガンドを変えていく。けれどもいざとなったときに、彼女は躊躇する。自分の死後、彼が真実を知ったら立ち直れなくなるはずだ。まさにそれを望んでいたはずなのに、彼女の心には彼を慈しむ気持ちが渦巻いている。緻密な計算が狂うとは…。復讐心を抑えるような感情が芽生えるとは…。

迫真の演技をするミソンを、女優チョ・ミンスが演じている。冷酷無比の男、ガンドを演じるイ・ジョンジンも素晴らしいが、それ以上に、チョ・ミンスの何かが憑依したかのような姿には凄みがある。彼女の雰囲気にすっかり飲み込まれてしまった。

親は子どものために、また子どもは親のためにどれだけのことができるか。まるで自分を試されているかのようだった。身を削って復讐に燃えたり、障害を負っても養育費を作ろうとしたりと、親の徹底的な献身ぶりには圧倒される。一方、子供の方も親を守ろうと懸命になる。こうした緊密な親子関係の描写には、やはりお国柄が表れると思う。

ミソンが編んでいたセーターの赤と白が、ラストにつながっていき、その場面が頭から離れなくなった。あれほど凄惨なのに、ガンドにとっては今までで一番心穏やかな時だったのではないか、と思えるのが不思議。一方ミソンにとっては、心の整理がつかないままの最期だったかもしれない。ガンドが生き地獄から解放されたのであれば、それを伝えたいと心から思う。

目を覆いたくなるシーンの連続なのに、心が浄化されるようだった。まるでマジックにかかってしまったかのようだ。でもマジックはおそらく一回きり。今のところ再鑑賞するつもりはありません。

霜花店(サンファジョム)運命、その愛

20130823

A FROZEN FLOWER

2008年/韓国/2時間12分(DVDで鑑賞)
監 督  ユ・ハ
原 題  A FROZEN FLOWER/霜花店
出 演  チョ・インソン  チュ・ジンモ
     ソン・ジヒョ  シム・ジホ  イム・ジュハン

<あらすじ>
朝鮮高麗王朝の末期。王(チュ・ジンモ)は元朝から王妃(ソン・ジヒョ)を迎えるが、女性を愛せない身で世継ぎが望めない。それは元との関係を複雑にする問題だった。彼が世継ぎ誕生のためにとった策とは、寵愛する部下、ホンニム(チョ・インソン)を使うことだった。互いに理不尽な思いを抱きながら事を進める王妃とホンニム。ところが初めて男女の快楽を知った二人の恋は激しく燃え、やがて密会を重ねるまでになる。

<感想など>(ラストに関するネタばれを含みます)
この夏行った劇場の、他スクリーンで上映されているのが気になってDVDを借りてみた。噂どおりのドロドロ、ネバネバな展開に、目が離せなくなってしまった。鑑賞後も引きずっているほどだ。

絢爛豪華な衣装や調度品、歌舞を披露する贅を尽くした宴。血なまぐさい戦いに、泥沼化した愛憎劇。一つの物語にこれほど多くの見どころを詰め込んだ作品も珍しい。その「見どころ」ナンバーワンが、濃厚なラブシーンである。それも一つや二つではない。男同士のものは一つだが男女のものは場面にして五つくらいだろうか。主役三人の身を削るような演技は圧巻と言える。

ところが、最後の最後で「あれっ」と違和感をおぼえた。ホンニムが本気で愛していたのは…? そこでこれまでの展開を確認するため再鑑賞してみた。

蜜の味を知ったばかりの男は、寝ても覚めても彼女の姿が頭から離れない。プレゼントの飾り物を差し出す手はぎこちないが、相手への慈しみにあふれていた。王妃手製の刺繍を眺める目はうるみ、霜花餅をかみしめる口元は感動のあまり震えている。「男」を断たれてなお彼女を守ろうとする姿や、守り切れなかったと思った瞬間怒りが爆発する姿から、熱い想いは十分伝わってくる。笑みをかわすシーンは皆無だが、やはりホンニムは王妃を真剣に愛したのだと確信できた。「今まで自分を愛したことがあるか」と問う王への返答は、過去はどうあれ、今はこう答えたい、という彼の気持ちだと思う。

だからこそ、最後の楽しそうな乗馬シーンに、とってつけたような感覚を抱いてしまうのである。では王の立場から考えるとどうなるだろう。

彼は護衛隊36人の一人、ホンニムを、少年のころから寵愛する。王はホンニムに惜しみなく与え、尽くす。ホンニムもその厚い心に応えるように、隊長として命さえ投げ打つ覚悟を常に持っている。王にとってホンニムは意のままになる愛人である。しかしそれも王妃の相手をする前までだった。ホンニムが自分の意思で動き始めた時、王は彼をつなぎとめるための策を講ずる。しかしモノでつなぎとめられないと知った時。そして決定的瞬間を眼にした時…。ああ、思い出すだけでおぞましい。ほとんど狂気の沙汰である。その一方で彼の孤独を思うと切なくなる。特にあの覗き見る「眼」!!宴で披露した歌の旋律には悲しみが漂い、琴の音もどことなく寂しげだ。家臣の中には王を亡きものにしようとする陰謀が渦巻いて心が休まる日はない。ホンニムの存在はそんな彼にとって安らぎだったはずなのに…。

そんな男たちのはざまで、王妃は本能に赴くまま、のように見えて実は意外に冷静である。王妃としての威厳も持ち合わせている。いざとなったとき、スンギ(シム・ジホ)に王暗殺を示唆し、元の王族を擁立する動きも見せる。一方スンギはといえば、部下を冷静に指図し「王を暗殺した刺客」を自らの手で討つ。待ちに待ったチャンス到来時の的確な判断力にはぞっとした。彼抜きに物語は成立しないほどの存在感だ。

ここで再び二人の男の気持ちを考えてみたい。
修羅場で崩れ落ちた王とホンニム。息絶え絶えのホンニムの目が、殺されたと思い込んでいた王妃の姿をとらえる。
自分がここに乗り込んできた意味があっただろうか。
王と死闘を繰り広げる必要があっただろうか。
王が自分をおびき寄せるための究極の策か。

ホンニムは絶命した王の方に向き直る。
自分の王妃に対する愛情と、王の自分に対する愛情。後者の数段の重みと、すべてにおいて王を越えられない身の上を、かみしめているように見えた。もしかすると、自分の返答を後悔したかもしれない。

ホンニムが真っ二つに断った絵には、弓を射る二人の姿が描かれてあった。それはホンニムの願いに沿って、王が描きなおしたものである。何も知らなかった少年時代に、ホンニムと共に戻りたいという王の願いにも思えた。

でも、壮絶な場面の後突然現れる穏やかな光景には、やはり違和感がぬぐえない。当時の朝鮮王朝の歴史を簡単に説明してくれるようなテロップを用意してもらった方が、むしろすっきりする。

思いだすと疲れてしまう。これを書いたら忘れてしまいたい、なんて思う作品は初めてである。

10人の泥棒たち

20130629

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012年/韓国/2時間15分(劇場で鑑賞)
監 督  チェ・ドンフン
英 題  The Thieves
出 演  キム・ユンソク  キム・ヘス
     イ・ジョンジェ  チョン・ジヒョン
     任達華(サイモン・ヤム) 李心潔(アンジェリカ・リー)
     キム・スヒョン  キム・ヘス
     オ・ダルス  曾國祥(デレク・ツァン)

<あらすじ>
韓国を中心に暗躍する窃盗団。色香を武器にイェニコール(チョン・ジヒョン)らが美術館強盗を成功させた後、マカオ・パク(キム・ユンソク)から伝えられたのは、「太陽の涙」と称する秘宝の強奪計画だった。彼らはマカオで中国人窃盗団とチームを組み、カジノへと乗り込む。日本人夫妻に扮したチェン(任達華)とガム(キム・ヘスク)がゲームに興じる間に、金庫破り名人のペプシ(キム・ヘス)とジュリー(李心潔)らが動く…はずだった。

<感想など>
チケットが特別料金と知ったのは鑑賞当日。ポイント使用計画の予定を変更するのも面倒(というよりやはり観たい!)なので迷わず1800円を投入した。入場すると、一部女性グループのかん高い声が響き渡っている。予告編が終わってもその調子は変わらず、近隣席の人たちが、その集団を避けるようにささっと移動していた。「うっせーよ!!」とつぶやく声も聞こえる。でも本編が始まると映画の目まぐるしい展開に釘付けとなり、いつしかそんな人々の声など忘れていた。

さて、タイトルの《10人》とは、いったい誰と誰と誰…?と、思わずスクリーンに人差し指を向けてしまった。でもなかなか数が合わない…(笑)また、はじめのうちは韓国チーム、香港チームの区別もつかなかった。やがて韓国側、香港側との会話では北京語と一部英語(時に日本語:笑)、香港人同士が話すときは広東語、というルールが見えてきて、ようやく顔と名前、立場がわかってきた。その頃にはすでに中盤を過ぎていたが。

場所や時間の把握もなかなか難しい。
韓国、香港、マカオの各地域を、時々混同してしまうのだ。例えば、終盤に登場する高層アパートが、時に香港にも見える。エアコンの室外機置き場に足をかけ外壁に沿って追いかけっこするシーンを、香港映画で観たような気がして、ついそこが香港だと錯覚してしまうのだ。きっと、それぞれの地域をよく知らないからそんな感覚になるのだろう。

時折さしはさまれる回想シーンにより、人物の背景が明確になる。しかし最初のうちは彼らの顔が把握できていないため、時系列が頭の中で整理しきれなかった。できれば10人それぞれをもっとよく知りたかったが、それらを説明していたらもっと混乱しただろう。この続きはまた後ほど、ということで。(笑)

《10人》が減った時点から怒涛の展開となる。できればあの《日本人夫婦》とは最後までお付き合いしたかったな。マカオ・パクが暗にペプシを守るところもいい。結局泥棒稼業についた人たちは結ばれないのか~という切ないお話なのかも。でも物語がこれで終わるはずはない…と、早くも続編を期待してしまうのである。


王になった男

20130318

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2012年/韓国/2時間11分(劇場で鑑賞)
監 督  チェ・チャンミン
出 演  イ・ビョンホン リュ・スンリョン
     ハン・ヒョジュ キム・イングォン
     チャン・グアン シム・ウンギョン
     キム・ミョンゴン

<あらすじ>
1616年、李氏朝鮮の時代。15代目の王、光海君(グァン・ヘグン:イ・ビョンホン)は謀反による暗殺を恐れ、秘かに自分の影武者を探すよう命ずる。そんな中、側近のホ・ギュン(リュ・スンリョン)が探し当てたのは、ハソン(イ・ビョンホン:二役)という王に瓜二つの道化師だった。ハソンはホ・ギュンの指導のもと政務を司るが、やがて民衆が支配者に搾取されている現実を知ると、臣下を前に自分の考えを述べるようになる。宮廷では、暴君だった王の急激な変貌が取りざたされ、王妃(ハン・ヒョジュ)も光海の行動に疑惑を感じる。

<感想など>(ラストに関するネタバレを含みます)
ユーモア、スリル、情感が調和よく盛り込まれ、作り手のサービス精神が感じられる作品。音楽もアジアの時代ものからは遠いと思っていたズンチャッチャ、ズンチャッチャ…ではあるが、意外や意外、その3拍子が王の一挙一動に呼応していた。イ・ビョンホンは顔も名も知っているが、出演作は初鑑賞。当分、情の厚い王様が焼きついて離れなくなりそうだ。

最初の本物があまりにも暴力的だったので、最後の急展開に違和感があった。後で読んだパンフレットによれば、暴君も初めのうちは的確な判断力を持っていたというから、そのあたりの背景がわかっていれば、急変(改心)にも納得がいくと思う。さて、武装した大勢を前にした王は本物か、偽物か。どちらだかわからないスリルが刺激的。

数々の人間関係の中でも、偽の王とホ・ギュンとの関係が一番深く残った。都承旨(トスンジ:承政院の長官)の立場上、王の意向を無視できないホ・ギュンだが、偽王ハソンの正義に、だんだん心が傾いていく。そしてついに正義のために命を懸ける決心をする。演じるリュ・スンリョンと、イ・ビョンホンとのやりとりは、時にはコミカルに、時には重厚に、スクリーンいっぱいに繰り広げられる。最後に深々と頭を下げるホ・ギュンには、目頭が熱くなった。

ほかにも、ハソンの世話係である宦官や、護衛官、反体制派など、渋いキャラクターの登場人物が魅せてくれる。一つ一つの所作、腹の底から湧き上がる声、間合いを重視したやり取り。鍛え上げられているなあと思う。華やかな女性よりも地味な色合いの男性の方が印象的だった。

庶民がいきなり王に祭り上げられたら…。
最初のうちはぎこちない演技でしのいでいたハソンも、君臨した快感に酔いしれ、やがて政治に目覚め、国を動かそうとするまでになる。そうなると所作も台詞も本物の王そっくりになる。このまま暴君が目覚めず永遠に彼が統治したらいいのに、とひたすら願っていた。

今の政治家には、善政を思い命を懸ける者の姿を、よ~く見ていただきたいものである。

ところで上の写真の王はどちらだろう?

青い塩

20120319

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2011年/韓国/2時間02分(劇場で鑑賞)
監 督  イ・ヒョンスン
英 題  BLUE SALT
出 演  ソン・ガンホ  シン・セギョン
     チョン・ジョンミョン  キム・ミンジュン
     イ・ジョンヒョク  ユン・ヨジョン

<あらすじ>
黒社会から足を洗ったドゥホン(ソン・ガンホ)は、レストラン経営を夢見て料理教室に通い始める。いつも隣にいるセビン(シン・セギョン)は、若いが腕があり、先生にも褒められるほど。実は彼女は闇組織の便利屋で、ドゥホンを探るため彼に近づいたのだった。やがて彼女にドゥホン殺害の命令が下る。しかし彼の人間性に惹かれ始めた彼女はなかなか実行に移せない。

<感想など>(ラストに関するネタバレを含みます)
途中まで出かかった涙が、最後に引っ込んでしまった。こんなラストでいいの~~?そういえば、同じくソン・ガンホ主演の『義兄弟』でも同様の気持ちだった。今の不安定なご時世だからこそ、こういう終わり方もアリなんだろうな、と納得しようとしている私。

ともかく今回の裏切られ感はすごかった。冒頭でラスト(?)と思われるシーンを観たものだから、心には「坂道を下っていく物語」が刷り込まれた。それが崩れたときのショックは大きかった。(笑)

やや苦情めいたことを言ってしまったが、一つ一つのシーンは綺麗で、台詞もよかった。青い塩田に背中から落ちていく場面や、二人が別々の部屋で同じ花火を見ている場面など、色彩に眼を洗われる思いだった。セルフのレストランも素敵。貝が足りないと言ったら海女さんがとりに行ってくれるなんて、すごいサービスだなあ。
愛を色に例えて語るおじさんも魅力的だ。膨れた顔、はちきれそうなシャツ姿の中年男には、愛なんて似つかわしくない。(失礼!)でも哀愁漂う彼の後ろ姿を見た途端ふるえがきて、「愛」をよく知っている人なんだ!と確信。(笑)

セビンは化粧をしない方がずっと可愛い。だが凄腕のスナイパーでバイクを乗りこなし、壮絶な過去を持っている、となれば、トンガリ感を出すためにも黒い化粧は必要になるのだろう。本当にああいう銃弾が制作可能なら、世の中ずいぶん平和になるだろうに。と同時に、銃弾があんなふうに作れること自体、怖いことなのだとも思う。

もう一つ怖いと思ったこと。それはスマホの機能だ。ああやってガッチャンとやれば、相手の居場所がすぐにわかる設定になってしまうのか。本作品では宣伝かと思えるほど、スマホが大活躍していた。やっぱりセキュリティはちゃんとしておかないとね、おじさん!

ナイフ使用の格闘シーン、カーチェイス、銃撃戦、そして二人が理解を深める過程と、ドキドキする場面がたくさんあったにもかかわらず、しばらく経ったら忘れてしまいそう…。と感じるのは、すべてあのラストのためでしょうね。

ポエトリー アグネスの詩(うた)

20120304

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2010年/韓国/2時間19分(劇場で鑑賞)
監 督  イ・チャンドン
出 演  ユン・ジョンヒ  イ・ダウィット
     キム・ヒラ  アン・ネサン
     パク・ミョンシン

<あらすじ>
ミジャ(ユン・ジョンヒ)は釜山で働く娘に代わり、中学三年生の孫ジョンウク(イ・ダウィット)を育てている。ヘルパーとしてカン(キム・ヒラ)という老人の介護をするが、その収入でも生活は苦しい。ある日文化院で詩の講座があるのを知った彼女は、早速受講を始めるが、詩作の難しさを思い知る。そんな中、ジョンウクと彼の友人たちが、女子中学生の自殺に関与しているのを、遊び仲間の父親(アン・ネサン)たちから知らされる。話し合いの中で、亡くなった生徒の母親(パク・ミョンシン)に示談金を払うことに決まるが、彼女には分担額500万ウォン(約36万円)が用意できない。ミジャはその金を得るためある行動に出る。

<感想など>
事実を題材にした、非常に重い作品。「アグネス」が自殺した女子中学生の洗礼名であるとわかると、ミジャの詩作と「アグネス」との関わりを知りたくなった。
長丁場である139分も削りに削った結果だろう。行間にあふれる物語を、終わった今も考え続けている。

ミジャとジョンウクの住むアパートは狭くて散らかっている。彼女の仕事も重労働だ。認知症の告知を受け、孫の罪を知り、彼女の内面は怒涛が渦巻いているはずだ。けれどもミジャ自身はいつもお洒落で、物腰は優雅。詩作のために花を眺め鳥の囀りに耳を傾ける彼女は貴婦人然として、表面的には苦境をうかがい知ることはできない。そんなところに凛とした強さを感じるのである。

さまざまなテーマの中で、まず浮かび上がるのが父権の強さと傲慢さだ。一人の少女が複数の少年のレイプが原因で自殺。その罪は計り知れないほど重いはずなのに、父親たちはあまりにも安い示談金ですべてを解決しようとする。彼ら父親も、また学校側も、教育する立場でありながらその義務を忘れてしまっていることに怒りを禁じえない。
父親たちはミジャに対し、丁寧な言葉を使いながら心の中では嘲り、遺族である母親への説得役を押し付ける。彼らの妻たちはどうしているのだろう。夫に「お前は黙ってろ」とでも言われ沈黙を通すしかないのだろうか。

ドロドロとした物語の一方で、ミジャは懸命に詩作と向き合う。朗読会で発表される詩はいずれも秀作。ミジャは詩を発表した女性に秘訣を尋ねるが、その「言葉がツルツル出てくる」感覚が理解できない。彼女が、先生の話した内容を皆の前で語る場面では、認知症を発症しているとは思えないほど、確かな記憶力を披露していた。真摯に取り組む彼女は実に美しい。

ミジャは、亡き少女の足跡をたどろうとするかのように、彼女の写真を手に入れ、学校内の現場へ行き、さらに飛び降りたとされる橋の上まで行く。あの老人との行為には、示談金の件もあるだろうが、何より望まない相手との行為を追体験する、という意味も込められているようにも思え、吐き気がしてきた。

そこまで身を削る意味はどこにあるのだろう…。と思っているうちに、詩と事件の経緯とが、一本の線になっていく。

物語はいくつもの疑問を残して終わる。
ミジャは詩作教室で幼児体験を涙ながらに語り始めるが、あの続きはどうなっているのだろう。
彼女は今までどんな人生を送ってきたのだろう。孫の友人の父親に語ったように「波乱万丈」だったのだろうか。
娘との関係は周囲に話すような「仲良し」なのだろうか。
孫が警官に連れて行かれた時、詩人は「ミジャ」だったのか。それとも「アグネス」だったのか。

草木のざわめきや鳥の囀り、子供たちの声が流れるエンドロールだった。思い返せば全編に音楽はなかった。感じなさい!という詩作教室の先生の声が聞こえてくるようだ。

アジョシ

20120204

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2011年/韓国/1時間59分(レンタルDVD)
監 督  イ・ジョンボム
出 演  ウォンビン キム・セロン キム・ヒウォン
     ソン・ヨンチャン キム・テフン キム・ソンオ
     タナヨン・グォングトラクル

<あらすじ>
テシク(ウォンビン)は古びたビルの一室で質屋を営んでいる。ほとんど客のないその店には、隣室に住む少女、ソミ(キム・セロン)がよく遊びに来る。クラブダンサーの母親が不在がちで、友人も少ない彼女にとって、テシクと一緒の時間は心の安らぐ一時である。ある日テシクは路上でソミが警官たちに囲まれているところに遭遇する。男の子のカバンを盗もうとしたというのだ。彼女はテシクを見つけ「パパ」と呼ぶが、テシクはそのまま立ち去る。その夜、ソミは母親と共にトラブルに巻き込まれ拉致されてしまう。

<感想など>(ラストに関するネタバレを含みます。)
ウォンビン、キム・セロンというキャスト名を見ただけで借りてしまったが、観始めて大変なことになった…と、少し青ざめた。

とにかく物凄いバイオレンス。知っていたら借りなかっただろううが、終わった今は観てよかったと思っている。凄惨なシーンも、検討を重ねた末の撮影であることをメイキング映像で知り、もう一度観た。トイレの中でのウォンビン、タナヨン・グォングトラクルの対決は特に手に汗握る迫真のシーン。二人とも眼が凄い。隙がない。数か月のトレーニングを積んだというウォンビンの腹筋には、何本もの線が刻まれていた。スタッフが全身全霊を傾けて制作したというシーンは、その苦労の賜物とも思えた。

子どもにさえ容赦のない、凄絶な内容である。麻薬密売の裏に隠された、臓器売買が物語の中心だ。悪者たちはとことん悪く、マンソク兄弟(キム・ヒウォン、キム・ソンオ)や、オ社長(ソン・ヨンチャン)らの悪を貫く姿には胸がむうっとしてきた。そんな彼らもテシクの敵ではない。実は、血が飛び散ったり凶器がぎらつくシーンよりも、悪者が恐れおののく姿の方がずっと怖かった。死を前にして見開かれた眼と、断末魔の悲鳴は、観る者に向けられた凶器である。

時系列がばらばらなので、最初のうち物語の流れやテシクの背景がわからない。やがてテシクの能力が並みでないことがわかってくると、あの『レオン』が脳裏に浮かんだ。するとテシクは死ぬ運命にあるのでは?と思えてくる。でもそれでは『レオン』と全く同じだからそうはならないだろう、ならば…などと、勝手にラストを想像していた。さて、テシクとソミは再会できるのだろうか…。

ソミは、身体を張って守ってくれたこの男を、生涯忘れることはないだろう。まだ小学校低学年だが、これからテシク以外に、彼女の眼中に入るような男性が、果たして現れるだろうか。「一人で生きろ」という彼の言葉を、彼女は一生背負い続けるのだと思う。テシクの腕の中に跳び込んで行くソミ。しっかり抱き合う二人を見ているうちに涙がつ~っと落ちてくる。
凄惨な場面を耐えてほんとうによかった。(笑)
そして今度はキム・セロンの満面の笑みが見たい。

ハーモニー 心をつなぐ歌

20110620

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2010年/韓国/1時間55分(劇場で鑑賞)
監 督  カン・テギュ
出 演  キム・ユンジン  ナ・ムニ
     カン・イェウォン  チョン・スヨン
     パク・ジュンミョン イ・ダヒ
     チャン・ヨンナム

<あらすじ>
ジョンヘ(キム・ユンジン)は暴力夫を殺した罪で服役している。彼女には刑務所で出産したミヌを18か月だけ養育することが許されているが、その充実した日々も終わりに近づいていた。そんなとき刑務所に慰問に来た合唱団の歌に大感激。自分たちも合唱団を作りたいという強い思いから、監守や服役囚たちを説得し始める。こうして元音大教師ムノク(ナ・ムニ)をリーダーに、元歌手ファジャ(チョン・スヨン)、元プロレスラーヨンシル(パク・ジュンミョン)らと練習を始めるが、ソプラノ不足がネックとなっていた。そんなある日、ジョンヘは素晴らしい歌声を耳にする。たびたび問題を起こして独房に入っているユミ(カン・イェウォン)だった。


<感想など>
冒頭で、刑務所側の全面協力に対する感謝の意を目にした。だから大変リアルなものと思っていたのだが、最初からかなり大袈裟である。出産シーンに始まり、子どもの1歳の誕生日にかけてのドタバタは、これが刑務所か?と目を疑った。監守と服役囚らが仲良く一緒にいるなんてありえない。

しかしそれも計算のうちなのだろうか。序盤に突拍子もない明るさがあるから、悲しみに向かう列車は加速する。そして涙を誘う。すべてが、涙を放出させるための技と考えれば、2時間弱のこの構成はとても巧みだといえる。実は自分も『号泣必至』の言葉にさそわれて来たクチであるから、乗せられた、なんて考えず、素直に泣けばいいのである。今だからこんな風に評しているが、観ているときは素直に反応する自分がいた。

子どもの愛らしさよりは、むしろ歌の方に心を奪われた。リーダーのムノクが円陣を組ませ、それぞれの思いを吐露させる。するとこれまでバラバラだった皆の心がまとまっていく。心に深い傷を負ったユミもだんだん打ち解けて、音楽の才能を存分に発揮。音痴だったジョンヘのボイス・トレーニングも功を奏す。みんなが声を合わせる場面では、それぞれの背景と音色が重なって胸がいっぱいになった。皆が一つになる過程には性急すぎる感もあるが、それは観ている自分の望みであるし、皆の生き生きとした表情が展開に勝っているので、論じないことにする。

ジョンヘの子供に対する絶ちがたい想いがある一方で、ムノクやユミの母子関係も物語の重要なカギとなっている。ムノクの娘は手紙も電話も一切受け付けないほど母を憎んでいる。義父から暴力を受けていたユミは母のことが許せず会おうとしない。この二人が連弾するところがいい。心が通い合った瞬間を見た思いだ。

登場人物はいずれも印象に残るキャラクター。老年にさしかかっているムノクからは、慈悲深さ、教養の高さが感じられる。ファジャとヨンシルは楽しいコンビ。テンポのよい言葉の応酬、両者好対照の外見が面白い。ユミの潤う瞳には吸い込まれそうになった。ジョンヘは劇中の大半が泣き顔だったのではないかと思うくらい、ゆがんだ表情が鮮明に残る。さらにコンは、監守というよりは客室乗務員である。隣に並ぶ先輩監守より頭一つ分大きいがイマイチ迫力不足で、どうしても監守に見えない。こうした人物像も、各場面も、綿密に設定されて無駄がないと思った。

口コミ通り、泣きに泣いた。劇場を後にしたときは、とてもすっきりした気分。本作品が芸術としてどう評価されるか、また後々ずっと印象に残るかどうかはわからないが、たまにはこんなふうに泣きに行くのもいいかもしれない。

ところで『号泣』で思い浮かぶのが『海洋天堂』。この劇場でも秋以降上映予定ときき、ちょっと待っていようかと思う。楽しみ!

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孔雀の森

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