夢の国・亞洲文化宮

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三城記

20160828

sanchengji3.jpg

2015年/中国/2時間11分(レンタルDVD)
監 督  張婉婷(メイベル・チャン)
原 題  A Tale of Three Cities
出 演
劉青雲(ラウ・チンワン) 湯 唯(タン・ウェイ)
秦海璐(チン・ハイルー) 井柏然(ジン・ボーラン)
黄 覚(ホァン・ジュエ) 金燕玲(エレイン・チン)

<あらすじ>
第二次大戦中、国民党の特務であるフォン・ダオロン(劉青雲)は妻を亡くし、父親(李建義)、幼い2人の息子たちと葬儀を執り行う。そこに現れたのが、以前アヘン密売を見逃したチェン・ユエロン(湯唯)。亡き妻の従姉妹だという彼女は、夫亡き後、母と2人の幼い娘たちと暮らしていた。やがてダオロンとユエロンは惹かれあい、互いに結婚を意識する。

ある事件がきっかけで、ユエロンは安徽省蕪湖の故郷を離れ、シャオリン(秦海璐)と共に上海で暮らすことになる。ダオロンは命の恩人ともいうべきアホワ(井柏然)と、ユエロンを探しに上海へ。撃たれて重傷を負った彼を、ユエロンが偶然救い、2人は再会を果たす。

国共内戦が激化する中、国民党の撤退を知ったダオロンらは、香港行きを決意。そんな時アホワが命を落とし、恋人であるシャオリンは半狂乱に。ユエロンは母や娘たちを置いて行けないとダオロンに告げる。彼は一人香港に渡り、調理人をしながら彼女の到着を待つのだった。

<感想など>(ネタバレしています)
レンタル店の新作コーナーで目に留まった。劉青雲と湯唯が主人公って、親子?と思ったら夫婦である。そして何とジャッキー・チェンの両親だという。最初のうちは、この組み合わせが想像できなかったのだが、だんだんとお似合いになっていった。

物語は「歴史に翻弄される民衆」の視点で描かれる。歴史もの言えば為政者の立場が中心のケースを多くみてきたせいか、初めのうち、ダオロンの「国民党の特務」がどのような扱いなのかがとても気になった。しかし、彼がこの任務についたのも主義主張ではなく金銭の必要に迫られて、のようだ。また、後にアホワがダオロンの輸血費用を工面するのに共産党の仲間から借金をしたというくだりもある。制作側の立場はあくまで中立であると分かった。なお、アホワがどんな人物だったのかは最後まで不明。(それとも語られている場面があったか?)シャオロンと人生を共にできなかったのもまた運命なのかも…と考えると、2人に助けられたダオロン、ユエロンの幸運を思わずにはいられない。

悲惨な戦乱を背景としたダオロン、ユエロンのラブロマンスには、手に汗を握った。「ジャッキーの親」という予備知識がなければもっとハラハラドキドキであろう。ダオロンは、いったいどれだけ生命の危機をくぐりぬけたことか。芸達者で銃撃にも長け、情にも厚いその姿はまさに時代のヒーロー。一方のユエロンは生き抜くための術を備えた芯のある女性で、迫力がみなぎっている。2人が舞台に上がる場面もあり、波乱万丈は劇の続きであるような感覚だった。

終盤でジャッキーの誕生が小さな新聞記事を通して語られる。作品中での彼の情報はこれだけである。ここでようやく、彼が、苦難の末香港に渡った2人から生まれたと知った。(長い間ジャッキーは一人っ子だと思っていたと他の情報で知った。)再婚前の両親が大陸に残してきた息子たち、娘たちと再会できたのが38年後とのこと。悲しい別離の方に比重を置いた作りであると感じた。

父の帰りを待ちわびて、汽車を追いかける男の子たちの姿に、思わず涙してしまった。
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ハーバー・クライシス 都市壊滅

20160801

ハーバークライシス2

2014年/台湾/2時間6分(レンタルDVD)
監 督  蔡岳勳(ツァイ・ユエシュン)
原 題  痞子英雄2:黎明再起
英 題  BLACK & WHITE: THE DAWN OF JUSTICE
出 演
趙又廷(マーlク・チャオ) 林更新(ケニー・リン) 黃 渤(ホァン・ボー)
張鈞甯(チャン・チュンニン) 修杰楷(シウ・ジエカイ) 鄒承恩(ジェイソン・ツォウ)
關 穎(テリー・クァン) 金士傑(チン・シーチェ) 蔡岳勳(ツァイ・ユエシュン)

<あらすじ>
本土との交通網を破壊され孤立状態になった海港市。南署のウー・インション(趙又廷)と東署のチェン・チェン(林更新)が捜査に当たる中、夜行者(ナイト・ウォーカー)の存在が浮かび上がる。彼らは軍から強奪した特殊ミサイルを使い、海港市に生物兵器ウィルスをまき散らそうとしていた。シュー・ダーフー(黃渤)の妻シャオチン(關穎)が捕えられていると知ったウーは、彼女の救出を試みる。

<感想など>(ネタバレしています)
前作をほとんど忘れていたが、挿入されている過去シーンから、何となくつながりが理解できた。ウーはシュー・ダーフーと絶妙のコンビだったのだ、と大事なことを確認。一方、大規模な破壊シーンと重なるように繰り広げられる両刑事のコミカルな応酬も楽しめた。熱血刑事ウーを相手に、チェンのおちょくるような口ぶりがかわいらしい。そして顔が小さい‼

今回の悪役は夜行者(ナイト・ウォーカー)。特にそのトップ、ラン・シーエン(蔡岳勳)は加工された声が不気味。ガチンコ勝負でも強く、悪のにおいがぷんぷん。それが何と、南署の鑑識官であるラン・シーイン(張鈞甯)の実兄なのだ。このような、警察側の身内が犯罪者、という構成はあまり好きではない。物語の一部を持って行かれた感がある。

本作の「夜行者」のように、全能者として文明を破壊して新たな世界を作り出す、という悪役を、映像作品ではよく目にする。純粋な気持ちから極端な傾向へと変化、善悪の区別もつかなくなり、自分が一番正しいと思いこむ者たち。実際の脅威と重なるところがあって恐ろしい。勧善懲悪ものとして、正義が必ず勝つように制作してほしいものだ。

特典映像からは、監督はじめ出演者らの本作にかける思いの強さが伝わってきた。特に監督の意気込みを表した言葉「ハリウッドにも負けない」が印象に残る。素手での対決、武器を駆使しての闘いなど、さまざまな武術を使ったというアクションシーンは、いずれも見ごたえ十分。アメリカで3か月特訓したというマーク・チャオは、以前より胸の厚みが増したよう。

監督によれば彼は「アイデアをたくさん持っている」とのこと。
いつも羽目を外して上層部から大目玉を食っているウーが、次はどんな活躍を見せてくれるのか、今から期待大!
そして、今回の主要人物にはぜひとも再登場してほしい。

ヘリオス 赤い諜報戦

20160728

赤道ヘリオス

2015年/香港/1時間58分(レンタルDVD)
監 督  梁樂民(リョン・ロクマン)
原 題  赤道 Helios
出 演
張學友(ジャッキー・チュン) 張家輝(ニック・チョン) 張 震(チャン・チェン)
余文樂(ショーン・ユー) 王學圻(ワン・シュエチー) 文詠珊(ジャニス・マン)
チ・ジニ チェ・シウォン ユン・ジニ
馮文娟(ジョイス・フェン) 顧美華(ジョゼフィーヌ・クー)

<あらすじ>
韓国製の超小型核兵器〈DC-8〉が香港で取引きされるという情報が入る。香港警察は、核の専門家であるシウ教授(張學友)、韓国の開発担当者らを招聘し、リー隊長(張家輝)を中心に対策に当たる。犯罪組織「ヘリオス」の使者(張震)は、取引場所からの追跡を逃れ、〈DC-8〉を路上に残したまま行方不明に。〈DC-8〉の安全確認をすませた韓国側は、これを本国に移送する予定だったが、中国政府調査局のソン(王學圻)が難色を示す。リー隊長は「ヘリオス」の情報を得るために、武器の元調達人、ソフィア(顧美華)を訪ねるが、間もなく彼女は殺害される。

<感想など>(ネタバレしています)
久しぶりのアクション、カーチェイス、銃撃戦に気持ちが高ぶった。日常と切り離された世界に招待された気分で、次から次へと繰り出される緊迫感あふれるシーンを堪能した。

豪華俳優陣にも注目!である。まず、悪に徹する張震の鋭い眼差しにくぎづけになった。張家輝のシャープな動き、張學友の微笑みにも心を揺さぶられる。韓国陣は銃撃戦での身のこなしが素晴らしく、2人が背中を合わせて並ぶと一幅の絵になっている。

さて、ストーリーの方はと言うと…まさかの悪人判明で、すっかり人間不信に陥ってしまった。いろいろと布石があるのでは?と思い、再鑑賞した。彼を悪者として見ると、最初とかなり違う印象になる。み~んな、しぐさが微妙だ。あの人もこの人も怪しい。

突っ込みどころも多々あった。
韓国陣は何度か激しく応戦するが、大事な任務を任されている人間が、銃撃戦に巻き込まれるような現場に行くなんて、ありえないのでは? 最初の取引場所での応戦など、香港警察に任せておけばいいのに、と思ってしまった。命がけの任務とはあくまで「核」に関してでは? でもこの人たちのアクションシーンがないとがっかりする人もいるだろうな。

また、韓国側の3人が食事中に機密事項を大声で話す場面。これもありえないと思ったが、もしわざわざこういう演出を見せているとすれば、チェ理事官(チ・ジニ)以外の2人が大いに怪しい。情報屋の死亡にしても、香港通の彼女が関与しているとか?妄想がますます逞しくなる。(笑)

また、張震演じる使者と行動を共にしていた女性(文詠珊)は、一旦捕えられた後、ヘリオス追跡のために運転させられるが、かなり安直では?〈DC-8〉の輸送も手ぬるいし。
挙げればきりがないが、同時に突っ込みを楽しんでいる自分もいた。

物語は謎を残したまま日本で終わる。
今後解明してほしいこと、要望は下記の通り。
1 リー隊長とソフィアの関係は?彼はソフィアの孫娘を知っているのか。
2 ソフィアと、ヘリオスの使者との関係は? 親子関係?
3 旅客機墜落のときに行方不明になった客室乗務員とは誰?
4 ソン(王學圻)のそばにいたユアン(馮文娟)は今どこに?
5 ソンに広東語で対応し続けたシウ(張學友)が、最後に北京語を使った意図は何なのか。
6 リー隊長は今回で終わり? できれば過去のシーンで登場してほしい。彼の今までの人生が限りなくダークに見え、興味がわいてくる。でも、彼の生存説もアリかも。

続編はできるだけ早く観たいものだ。(なければおかしいでしょ‼)

タイガー・マウンテン‐雪原の死闘

20160705

タイガーマウンテン

2014年/中国/2時間22分(レンタルDVD)
監 督  徐 克(ツイ・ハーク)
原 題  智取威虎山The Taking of Tiger Mountain
原 作  曲波「林海雪原」
出 演
張涵予(チャン・ハンユー)梁家輝(レオン・カーフェイ)
林更新(ケニー・リン) 余 男(ユー・ナン)
佟麗婭 (トン・リーヤー) 陳 曉(チェン・シャオ)
韓 庚 (ハン・ギョン) 蘇翊鳴(スー・イーミン)

<あらすじ>
1947年の中国東北地方。行軍中の人民解放軍203部隊は、「ハゲワシ」の異名をもつ匪賊(梁家輝)の配下が村を襲撃していることを知る。隊長(林更新)は、揚子栄(張涵予)のアジト潜入を許可。以後、威虎山(タイガー・マウンテン)の情報収集につとめる。父を失い母(余男)が行方不明の少年、栓子(蘇翊鳴)は、はじめのうち反抗的だったが、203部隊の面々に見守られながら少しずつ心を開いていく。

<感想など>
全く予備知識のないまま鑑賞。まず、プロパガンダ的な場面に戸惑った。やがてハゲワシのアジトが出てくると感覚が一変、既視感をおぼえた。匪賊たちの奇抜なメイクや服装、仰々しい建物から、同監督の以前のアクション作品が思い浮かぶ。それにしても共産党と徐克(ツイ・ハーク)。どこか相容れないものを感じてしまう。

鑑賞が終わり、監督や俳優たちの談話が収録された特典映像や資料を見て、ようやく背景が分かった。原作は曲波の「林海雪原」で、すでにさまざまな舞台、京劇の演目になっているとのこと。徐克は長年この作品の映画化をあたためてきたと言い、張涵予は揚子栄を自分以上に演じられる役者はいないだろうと豪語している。彼らの「智取威虎山」への思いが伝わってくる。

特典映像の中で興味深かったのは徐克が語っていた梁家輝の起用についてである。実は私はエンドロールまで梁家輝に気づかなかった。監督が「絶対に梁家輝だと気づかれるな」と命じたそうだから、まさに「作戦成功」と言えるだろう。

ところで現代の部分はオリジナルとのこと。アメリカから帰国した若者(韓庚)が古い絵を見ながら思いをはせる場面が所々に挿入される。そんなところから、過去の登場人物の誰かが、彼の祖先だろうと見当をつけた。(それは当たった。)ただ、この「現代」の必要性が、あまり感じられなかった。監督が特に力を入れた場面の一つは、楊子栄が彼の曾祖母を救い出した別バージョン、すなわち飛行機が建物内をぶつかりながら走行するシーンだと思う。その説明をするために現代の人間が必要だった、なんて勝手に考えてしまった。

ともかく、やはり一番印象に残るのは、智謀と瞬時の判断力、そして厚い義侠心をもつ楊子栄の雄姿だ。敵味方にかかわらず崇拝されそうなカリスマ性が、全身にあふれていた。水滸伝の宋江が重なるのも張涵予が演じていたからだろうか。本編、特典映像ともに、自信満々な張涵予の姿が、いつまでも頭に残る。

特典映像の感想が中心になってしまった。先にこちらを見てから鑑賞したらまた違う感覚になっていたかも知れない。

神なるオオカミ

20160619

神なるオオカミ

2015年/中国・フランス/2時間1分(レンタルDVD)
監 督  ジャン=ジャック・アノー
原 題  狼图腾 Wolf Totem
原 作  姜戎「狼图腾」
出 演
馮紹峰(ウイリアム・フォン)竇 驍(ショーン・ドゥ)
巴森扎布(バーサンジャブ) 尹鋳勝(イン・チューション)

<あらすじ・感想など>
2004年発表のベストセラー「狼图腾」(ジャン・ロン)が原作。特典映像には、準備に7年の歳月をかけた、という監督の談話や、モンゴル狼を訓練する様子も収録されていた。本編以上に興味がわいた。

文化大革命で下放された大学生、チェン(馮紹峰)はヤン(竇驍)とともにパオで生活しながら厳しい大自然に立ち向かう。族長のビリグ(巴森扎布)の教えから、狼を畏怖する心も学ぶが、いつしかチェンは狼の子を育てたいと考えるようになり、それを密かに実行する。

ストーリー展開として、主人公の狼に対する思いやほのかな恋心などが描かれているが、映画の大半は狼の姿である。群れで疾走する光景、天に向かって吠える姿、こちらをじっと見つめる鋭いまなざし、そして狩り。狼が監督の心をつかんで離さない、というのがよくわかる

さらに衝撃的なのが、凍りついた動物が雪原に突き刺さっている場面だ。人間模様はちまちましたものに過ぎない、なんて感じてしまうほど、厳しい光景だった。

自然に手を加える人間に対する批判も描かれる。ならば野生動物を調教して映画を撮ることはどうなのか?…などと、普段考えないことが頭をよぎる。そんなことを言い始めればきりがないはずなのに。

ともかく、本作の主人公が神なるオオカミであることは確かだ。

若葉のころ

20160618

五月一號

2015年/台湾/1時間40分(劇場で鑑賞)
監 督  周格泰(ジョウ・グーダイ)
原 題  五月一號
出 演  
程予希(ルゥルゥ・チェン) 任賢齊(リッチー・レン)
賈靜雯(アリッサ・チア) 石知田(シー・チーティアン)
邵雨薇(シャオ・ユーウェイ) 鄭暐達(チェン・ウェイダー)
庹宗華(トゥオ・ツォンホァ) 王宇婕(ワン・ユージエ)

<あらすじ>
バイ(程予希)は17歳の女子高生。台北で祖母(應采靈)、母(賈靜雯)と暮らしている。ところがある日突然、母が交通事故で意識不明に。そんな中、バイは偶然、母がリン(任賢齊)という人物に宛てた未送信メールを発見する。彼女は親友ウェンウェン(邵雨薇)、同級生のイエ(鄭暐達)との三角関係に悩み、上海に住む実の父(包小柏)を頼ることもまままならず、不安定な気持ちを抱えていた。彼女は母になりすましてリンと会う約束をする。

<感想など>
ここ数年観てきた若者中心の台湾映画では、どちらかといえば男子の気持ちの方が主体だった。そんな中、今回は女子の方がメイン。あの「藍色夏恋」で、ルンメイちゃんがボーリンくんを振り回して困らせている場面がよみがえった。あの時もずいぶんひどいことを…と思ったが、本作はその比ではない。窓から服を投げるところで唖然としてしまった。ストーカー行為から先に進めない男子には納得できるが、いきなりその行為に走ろうとする女子の激情は理解しがたい。

もう一つ、理解に苦しむシーンがある。
過去のパートで、リンが「発見」してしまう場面。いきなり入りこんで男性教員(庹宗華)に突進していくところが解せない。マドンナ教師に憧れていたわけでもないだろうに。しかし、教育現場であるまじき行動を阻止したい、という一途な思いであるとすればわからないでもない。リンは心に深い傷を抱えたまま、大人になった今も前に進めないままでいるのでは?そう考えると、あのシーンは当時の教育、ひいてはあの時代に対する批判とも受け取れる。

やや違和感のある場面について書いたが、全体的にはみずみずしい場面、特に水の風景が印象的だった。ホースの水を頭からかぶるバイ。雨上がりの水たまり中を飛び跳ねていくワン。雨の中バスケットボールに夢中のリン(石知田)。過去と現代が交差する中で、水は時に勢いよく、時にゆるやかに、若者たちに寄り添う。光の加減にも、目をくすぐられている感覚になる。終わってみると、内容よりも映像効果の方が記憶に残っていることに気づいた。

そんな風に考えていくと、次々と印象的な場面がよみがえる。
過去の二人が訳した詩が、1文ずつ交互に語られていくシーン。訳し方の違う文章が重なり合って、二人の鼓動がスクリーンを通して伝わってくるようだった。この作品を観る前はビージーズの曲を思い出すこともなかったが、観ていくうちにだんだん懐かしくなっていった。

レコードをフリスビーのように次々と飛ばすシーンも心に焼き付いている。やってみたい!と思いつつ、もったいな~い、と、躊躇してしまいそうな私。

ところで、日本のサイトで下調べをしながら、知っている俳優はリッチー・レンだけだと思っていた。アリッサ・チアって誰?という感じ。でも観始めてすぐ、それが賈靜雯とわかった。相変わらずキュートでかわいらしい。私は彼女のメリハリのある声が好きだ。「王蕾」の語りを聞きながら、心が浮き立つのを感じた。

山河ノスタルジア

20160614

山河ノスタルジア

2015年/中国・日本・フランス/2時間5分(劇場で鑑賞)
監 督  賈樟柯(ジャ・ジャンクー)
原 題  山河故人 Mountains May
出 演  
趙 涛(チャオ・タオ)  張 譯(チャン・イー)
梁景東(リャン・ジンドン) 劉 陸(リウ・ルー)
董子健(ドン・ズージェン)  張艾嘉(シルビア・チャン)

<あらすじ>
1999年、山西省の汾陽(フェンヤン)。タオ(趙涛)は幼なじみのジンシェン(張譯)、リャンズー(梁景東)の2人から想いを寄せられ、野心家のジンシェンと結婚。リャンズーは街を離れる。

2014年。タオはジンシェンと離婚し、汾陽で事業を営んでいた。息子のダオラーは父ジンシェン、継母と共に上海で暮らしている。一方、炭鉱での仕事が長いリャンズーは肺を患い、妻(劉陸)と幼い子と共に帰郷。タオから治療費を渡される。そんなある日、タオの父が急死し、葬儀のためダオラーを呼び寄せる。ダオラーはオーストラリアに移住することをタオに告げる。

2025年。オーストラリア。19歳のダオラーと、中国語しか話せない父との溝は深まるばかり。そんなある日、中国語教師ミア(張艾嘉)がかけた曲に懐かしさを感じる。ミアとの交流を通し、彼は母の面影を探すようになる。

<感想など>
最初に、聞き覚えのあるメロディと、懐かしい雰囲気のダンスシーンが飛び込んできた。この音楽、後で調べたら「ゴー・ウェスト」というタイトル。みんなの視線が西欧に向いているように感じられた。1999年のパートでは、主人公タオが、人生の岐路で、自分の気持ちよりも金銭の方を重視する。結婚話を告げられた父親が、口では「自由にしなさい」と言いながら陰でがっかりしている様子が印象的だった。親にしてみれば優しそうなリャンズーの方がずっと良かったのだろう。相手が違ったら?と思わず想像してしまった。

サリー・イップの「珍重」も懐かしい。テクノ風メロディに乗る広東語がゆったりと流れていく。人々が惹かれる気持ちはよくわかる。「英語と西洋」、「広東語と香港」が希望と結びついていた時だったのかもしれない。

時代はいきなり2014年へ。その間の出来事をすべて割愛するとは…と意外だったが、ドラマにありがちな修羅場など、この作品では無意味だろう。裕福な雰囲気を漂わせているタオと、病に苦しむリャンズーの再会が切ない。どちらが幸せか、などと比較したくなるが、それも無意味であると思い直した。

そして時代は近未来の2025年。発達したIT技術とか、熟年女性との恋愛関係とか、正直言って必要のない事柄に思えたが、変わらないモノだけは心に残った。

その一つがレコードプレイヤーから流れる「珍重」。ある年代にとっては懐メロである。レコードについては、1999年にはすでにカセット(さらにCD)が普及していたことを考えれば、さらに時代をさかのぼった「お宝」と言えそうだ。レコードは、近未来にはどんな風に扱われるのだろう。
また、タオが着ていたレインボー柄のセーターが、犬の服に作り替えられていた。誰もが気づく「変わらないモノ」として、生き生きと描かれている。
そしてタオが包んでいる餃子。2014年のパートでは、タオが息子と別れる前の晩に餃子を作っていた。2025年の風景も変わらない。息子の気配を感じたタオの静かな表情が胸を打つ。

観る人によって印象的なところも違ってくるだろう。当たり前のことだが、今回は特にそれを強く思った。すべてのカットに何かしらの意味を持たせているのでは?と画面に見入った。賈樟柯作品ではいつも「分かりにくいメッセージ性」がもどかしかったが、今回は以前より分かりやすく、後味もいい。

10年後の再鑑賞が楽しみだ。

風櫃の少年

20160605

フンクイの少年2
1983年/台湾/1時間41分/劇場で鑑賞
監 督  侯孝賢(ホウ・シャオシェン)
原 題  風櫃來的人
出 演
鈕承澤(ニウ・チェンザー) 林秀玲(リン・シウリン)
庹宗華(トゥオ・ツォンホァ) 張 世(チャン・シー)
顔正国(イェン・チェングォ) 張純芳(チャン・チュンファン)

<あらすじ>
澎湖島の風櫃(フンクイ)。阿清(鈕承澤)は高校中退後、ケンカや悪ふざけに明け暮れる日々を送っていた。あるとき彼は仲間と傷害沙汰を起こして町に居づらくなり家を出る。3人の行先は阿栄(張世)の姉(張純芳)が住む高雄。彼女の世話で彼らは下宿を確保。向かいの部屋に住む黄錦和(庹宗華)と同じ工場でアルバイトを始める。阿清は黄錦和の恋人小杏(林秀玲)が気になって仕方がない。

<感想など>
「台湾巨匠傑作選2016」でドキュメンタリー映画「台湾新電影時代」を観て、挿入されていた本作の映像が頭から離れなくなった。特に上に掲げたおバカたちの踊りが、もう笑えて笑えて…。彼らは一人の少女に向かってアピールしているのだ。少年のころにはこんなひと時があるのだ、と思わせる一場面。

写真右端が、現在活躍している鈕承澤監督である。なんだかそのまま大人になったような…なんて言ったら怒られるだろうか。この阿清クン、風櫃を出たときは何も考えていない、ただ突っ走るだけの少年に見えたのだが、初恋を経験した後にちょっと大人の雰囲気になる。仲間の2人が悪ふざけをしているときに、自分の未来を見つめて日本語を勉強したり、人の気持ちを察したりするようになる。彼には「芽」がある。実は父は野球のボールを頭部に受けて以来、介護なしでは生活できない身。彼の中では常に元気なころの父と、現在の父が交錯している。父の死を経て、彼はまた一歩成長したように見えた。

ただ、かっこよさという点では先輩の黄錦和に及ばない。この黄錦和を庹宗華が演じていたのね。今の恰幅のよさからは想像もできない細い身体。(笑)黄錦和という人物は、仕事先のモノを盗んで横流ししたのがばれてクビになり、その後台湾を離れる。小杏は、阿清らと一緒に遊んでいても彼のことが頭を離れない。けれども錦和が高雄に帰ってくると知って、あえて台北に行く。そんな小杏の決意には驚くとともに、彼女を応援したくなった。

ふと、「モンガに散る」(鈕承澤監督)を思い出した。趙又廷演じるモスキートの母親役が、小杏役の林秀玲で、しかも美容師。髪に人一倍気を使う小杏と重なるのである。小杏は艋舺界隈で暮らすことになるのでは?もしかしたら恋人との間の子供をその地で育てることになるのでは?などと勝手に想像してしまった。なお、鈕承澤がモスキートの父親役であるが、あの阿清が小杏と恋人関係になるとは思えない。相手はやはり黄錦和?(完全に妄想…)ちょうど小杏が台北に出ているときに、「モンガに散る」のストーリーが展開している。年代的にみて、小杏とモスキートの母親が同じ、というのはあり得ないが、それでも艋舺のどこかに黄錦和や阿清の姿もちらついてしまう。(笑)

兵役を前にした青春の1ページ。時折流れるクラシック音楽が、はじけ飛ぶ彼らの姿から遠いと思いつつ、ノスタルジーがかきたてられた。80年代は私にとっても青春時代だったんだなあ、と。

オマールの壁

20160604

オマールの壁2
2013/パレスチナ/1時間37分(劇場で鑑賞)
監 督  ハニ・アブ・アサド
出 演
アダム・バクリ エヤド・ホーラーニ
サメール・ビシャラット
ワリード・ズエイター リーム・リューバニ

<あらすじ>
パレスチナ自治区。パン職人の青年オマール(アダム・バクリ)は、友人のタレク(エヤド・ホーラーニ)やアムジャド(サメール・ビシャラット)と抵抗運動を続けている。ある日3人で検問所を銃撃した後、彼はイスラエル秘密警察に捕まり、仲間を売ることを条件に釈放される。しかし仲間内でも互いに不信感をもち、恋人のナディア(リーム・リューバニ)さえもオマールを疑っていた。そんな中、アムジャドからナディアが彼の子を身ごもっていると聞かされる。

<感想など>
始まった時点で、中途半端な終わり方ではないだろうと思わせる、緊迫した展開である。恋人、仲間に会うため、いつも命がけで分離壁を登るのだが、一体いつまでそうしなければならないのか思うと息が詰まりそうだ。彼らの屈託のない笑顔の裏に、死と隣り合わせの生活を余儀なくされる者の恐怖、怒りが張り付いているようで、時に目をそらせたくなる。

オマールは、仲間であるタレクの妹、ナディアと恋仲であり、互いに結婚を望んでいる。ところが捜査官のラミ(ワリード・ズエイター)は真犯人を言わないと彼女にまで危害が及ぶと脅迫。八方ふさがりの彼が何とかその状況を打破しようとする姿が切ない。というよりも凄まじい。狭く行きどまりの多い路地を駆け抜け、飛び越えていく姿には、くぎ付けになった。その一方で、騙し、騙されることに慣れきっているラミの緩さが腹立たしくなった。白髪交じりの口髭を見ると悪寒が走る。それもまた作り上げられた存在なのだと思うと、何を憎んでよいのかわからなくなる。

負の連鎖を思わせるラスト。音のないエンドロールがさらに追い打ちをかけて来るようだった。

いつか、また

20160419

houhuiwuqi.jpg

2014/中国/1時間44分(レンタルDVD)
監 督  韓 寒(ハン・ハン)
原 題  後會無期 /The Continent
出 演
馮紹峰(ウイリアム・フォン)陳柏霜(チェン・ボーリン)鍾漢良(ウォレス・チョン)
王珞丹(ワン・ルオダン) 袁 泉(ユエン・チュアン) 陳喬恩(ジョー・チェン)

<あらすじ>
東端の島で育った3人は、ハオハン(馮紹峰)の車で大陸横断の旅に出発。彼には会いたい人がいた。3人のうちの1人で西方の学校に赴任するジャンホ(陳柏霜)の見送りも兼ねている。途中、ジャンホは、ホテルの部屋に飛び込んできたコールガール(王珞丹)に気持ちが傾き、彼女の逃走に手を貸す。そのとき弟分をホテルに置き去りにして、以後は2人の旅に。ハオハンはフロントガラスと貼り付けておいたお札を盗まれたり、文通相手(袁泉)から衝撃の事実を聞かされたりと、波乱続きだ。その後アロ(鍾漢良)という青年を同乗させたことから、彼らはさらに大変な目に遭う。

<感想など>(ネタバレしています)
本作品も鍾漢良目的。でもなかなか出てこない。首を長くして待っていると、中盤でついに登場!おおっ、喬峯(蕭峯)だ!かなり似ているぞ!先日観た「更年期的な彼女」のエリートよりはこちらの方がずっと自然体。しかも、亡き妻の似顔絵を貼り付けたヘルメットを持ち歩く彼は、阿朱を想い続ける蕭峯そのもの。私の考えすぎだろうか?それにしても去り方は最悪だったな。(笑)

他にもジャ・ジャンクー監督が登場したり、ロケットが飛んで行ったりと、パロディ的な描写に気づいたが、このように制作側の遊び心が反映された場面はもっとあったのかもしれない。

さてこの作品、馮紹峰、陳柏霜の2人が演じるちょっと間の抜けた青年たちが実質的な主人公。笑える場面は多い半面、意味不明なところが気になる。弟分はいったいどうしたのか。そこで要所要所を再鑑賞。すると、最初の部分は、弟分の2人に対する想いであるとわかった。なお、あの旅は作家となったジャンホの作品の一部とも、ハオハンの思い出話とも受け取れる。現実とも、非現実ともはっきりしないまま物語は終わる。

以前、NHKラジオ中国語講座のテキストに載っていた韓寒作「1988我想和这个世界淡淡」(一部)が面白く、全編を通して読んだことがあった。映画はこれを部分的に借りたり、改編したりした印象だ。小説の主人公は、映画のハオハンやジャンホのキャラクターを併せ持っている感じがした。熱しやすいハオハンとぬぼーっとした風貌のジャンホは絶妙のコンビ!!途中、仲良しトリオ誕生!となるのを期待していたのに…。

さて、観終わった今、頭の中を「これっきり これっきり もう これっきり~ですか~♪」という、かの懐メロのフレーズが駆け巡っている。最初、「後會無期」が「いつか、また」では、意味が反対では?と思った。でもラストから最初に戻ったら、なるほど~と。厳密にいえば「後會無期?」かな。
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